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千葉県革新懇が第38回総会

2017/07/30 17:34
17.07.30

 昨日、千葉県革新懇の第38回総会があり、参加しました。会場は、いつにもまして多くの参加者で埋まりました。

 東京都議選での自民党の歴史的敗北、仙台市長選での野党共闘の勝利、安倍政権の末期的諸症状と支持率30%割れという情勢を受けて、いよいよ「市民と野党の共闘」の本格的構築が求められています。そのためにも、革新懇の果たすべき役割がいっそう大きくなっています。
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   写真   主催者を代表してあいさつする小林洋二代表世話人
 総会は、まず主催者を代表して小林洋二代表世話人があいさつ。続いて、明治学院大学国際平和研究所研究員の木下ちがや氏の記念講演に入りました。

 木下氏は、「都議選の結果から野党共闘の新しい段階へ」と題して、「安倍一強」の構造の分析から説き起こし、「小選挙区制」や「省庁再編」「官邸主導」「内閣人事局の導入」などが、かつての保守政治にあった多元的な調整機能を劣化させ、少数派派による支配を可能にしてきた、と述べました。そのうえで、高かった内閣支持率について、専制支配による後継者の排除、「三分の二」を使った巧みな議会操作などにより、選択肢を排除することで「消極的支持」確保してきたと喝破。
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   写真   講演する木下ちがや氏
 安倍政権の独裁が、いわば「反安倍民主主義共闘」を作り出し、その最初の決戦場が都議選だったと指摘した木下氏。小池ポピュリズムについても、社会保障や社会政策について、定見があるわけではなく、風任せで、極右にもリベラルにもなる人だと、手厳しく指摘しました。躍進した日本共産党については、都民ファーストの躍進にもかかわらず、埋没することなく都民ファーストに不安を抱く無党派層を取り込んだとし、民進党の現状から、野党共闘が新たな段階に入るのは必至で、その際日本共産党が果たすべき役割は非常に大きいし、それだけにこれまでにない刃が向けられていると、期待とともに警鐘も鳴らしました。

 それでも、安倍政権がすぐに倒れることはないと木下氏。改憲が、支持率を回復させることにもなると思っていると、その危険性を指摘し、野党の再編が避けられない情勢のなかで、「反改憲」「反新自由主義」「反原発」「沖縄の基地問題」など、一致点での共闘ネットワークの大切さを強調しました。最後に木下氏は、今、日本共産党や民主勢力に求められるのは、社会運動との接合していくこと、陣地を拡大し求心力を高めること、そして乱気流のような政治のなかで、(動かぬ一点を守り続ける)アンカーの役割を果たすことだ、と締めくくりました。
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   写真   報告する柴田英二事務局長
 休憩後、柴田英二事務局長から、経過報告や活動方針の報告などがあり、活動交流の発言に移りました。トップを切って、八千代革新懇の佐藤さんが、「千葉2区市民連合」の取り組みなどを控えめに報告していましたが、次の予定があり、途中で退席しました。
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   写真   発言する八千代革新懇の佐藤勉さん
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千葉2区市民連合街頭宣伝に60人超が参加

2017/07/29 21:26
17.07.29

 待望の千葉2区市民連合の街頭宣伝デビュー。蒸し暑さがピークを迎えようとしていた午前11時、JR津田沼駅デッキには、真新しい「千葉2区市民連合」の幟が何本も並びました。

 最初に「千葉県市民連合」の立ち上げにも尽力した大村芳昭中央学院大学教授が連帯のごあいさつ。
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 その後、日本共産党や新社会党、市民ネットワークなど野党各党から、あいさつがありました。民進党は、集会終了間際に間に合って、最後にあいさつされました。

 花見川区の村田まゆこさんをはじめ、習志野市、八千代市の各行政区からもそれぞれ訴えがありました。野党が一つになって、立場や支持政党の違う市民がお互いを尊重しあいながら一緒になって、こんな宣伝ができる。素晴らしいことです。横暴を繰り返してきた権力にとっては、これほど恐ろしいことはないでしょう。
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 徐々に宣伝隊の規模も膨らんで、60人を超えていたのではないでしょうか。そのせいか、チラシの受け取りがよくないところだと聞いていましたが、私だけでも、50枚を超すリーフを配布することができました。「安倍政権はもうダメだ」「野党共闘頑張れ」リーフを受け取りながら、そんな言葉をかけてくれる人もいました。
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 最後は、参加者みんなでコール。記念撮影もしました。東京都議選に続く、仙台市長選の勝利。野党共闘が力を発揮しています。稲田防衛相もついに、辞任です。世論が確実に安倍政権とその与党を追い詰めています。千葉2区でも、野党と市民の共闘を必ず実現して、安倍政権与党=自民・公明プラス維新勢力を少数へと追い落としていきたいと思います。
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千葉2区市民連合の街頭デビューに集まろう!

2017/07/26 23:07
17.07.26


 千葉2区市民連合が、ついに街頭デビューです。

 29日(土)、11:00〜12:00、JR津田沼駅デッキで宣伝行動を行います。千葉2区にお住まいの方、千葉県内にお住まいの方、「市民連合」の頑張りで何としても野党と市民の共闘を実現したいとお思いの方、とにかく安倍政権を倒したいと思っている方、みんなで参加して、千葉2区から自民党を追い出そうではありませんか。
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 今年1月29日、千葉県市民連合が発足したのを受けて、千葉2区でも早速2月5日、2区市民連合立ち上げのための「相談会」が開かれました。千葉2区を構成する習志野市、八千代市、千葉市花見川区の各行政区から、熱い思いを抱いた者たち30名ほどが参集。支持政党の違う者同士が、初顔合わせの硬さもある中、とにもかくにも野党共闘を実現したいとの思いで一致。市民連合立ち上げで合意が勝ち取られました。

 その後、2月26日に第2回「相談会」、4月8日に第3回「相談会」と、会合を重ね、ついに4月22日に結成総会を開き、正式に「千葉2区市民連合」が発足しました。渡辺治一橋大学名誉教授が素晴らしい記念講演をしてくれました。

 結成総会で私も、代表世話人の一人に選出されました。5月30日には、第1回の世話人会も開かれ、3行政区での統一宣伝行動などの方向が確認されていました。

 ここまで「相談会」「世話人会」では、さまざまな議論が展開されてきました。「市民連合が候補者を決めて、各党に応援させるんだ」「いや、市民連合は、政党じゃないんだから、あくまでも野党共闘実現ための機運を醸成するために世論と運動を巻き起こすのが任務だ」など、時にはピリピリ緊張が走る場面もありました。

 政治への思いも支持政党も違う人たちが集まっているのですから、意見のぶつかり合いは当然です。しかし、今の政治を何とかしたい、安倍政権を倒したいとの思いは共通です。その共通項を最大限大事にして、できる限り共闘の仲間を大事にする姿勢を貫いて、ようやくここまで来ました。

 こうした一つひとつの取り組みを通じて、日本の政治がかつて経験したことのない、壮大な野党と市民の共闘を実現すれば、必ず政治を変えることができます。国会の構成を変えられます。それは、東京都議選や仙台市長選挙が実証してくれています。まだまだ、紆余曲折があるでしょうが、ここまで来た共闘の枠組みを何より大事にして、さらに奮闘していきたいと思います。
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治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟関東ブロックの会議に参加

2017/07/25 20:30
17.07.25

 御茶ノ水の全労連会館で開かれた治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟・関東ブロックの会議に参加してきました。

 千葉県からは、県本部事務局長の中村日出丸さんと副会長の私が出席しました。議題の中心は、10月22日・23日に東京で行われる「同盟」関東ブロックの交流会について。当日のプログラムや費用、会員拡大の現状や目標等について、各県代表の間で、活発な議論が行われました。
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 昨年は、千葉県・九十九里で開催され、私は初めての参加でしたが、各県・各支部の活動に大いに啓発を受けました。また、千葉市支部が寺尾さとし県議を支部長に、吉田まさよし市議を事務局次長に、おそらくは全国一若い役員体制でスタートしたことが大きな話題となり、参加者を励ましました。

 10月の東京での交流会では、記念講演や交流会終了後に亀戸事件(関東大震災の混乱に乗じて、川合義虎ら労働組合運動家や社会主義者10人が亀戸署によって捕らえられ、習志野騎兵第13連隊の手で虐殺された事件)の跡をたどるフィールドワークなども企画されています。若い人たちにとっても、貴重な学習の場になるのではないかと思います。

 千葉県としても、会員を大いに増やしながら、交流会への多数の参加を組織していきたいと思います。
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ミューレンをベースにアイガー、メンヒ、ユングフラウを堪能

2017/07/24 19:01
17.07.24

 アルプス紀行の第4弾です。16.17日の両日は、ミューレンをベースに、アイガー、メンヒ、ユングフラウの三山を望みながらのハイキング。ミューレンは、断崖にへばりつくようにつくられた小さな村で、メインの道路も2本だけ。一人で歩いても絶対に迷子になる心配はありません。
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   写真   ミューレンのなかのケーブル駅と私たち
 16日は、そのミューレンからケーブルカーでアルメントフーベル(1907m)の展望台へ。歩き始めると、どこもかしこも花・花・花です。遠くの斜面で草をはむ牛たちの鈴(カウベル)の音が、思いのほかの近さで聞こえてきます。
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 ガイドのTさんは、慣れたもので、時折足を止めては「これは何」「あれは何」と、可愛い花々の名前を教えてくれますが、残念ながら、とても覚えきれません。「この辺には、ブルーベリーが生っているはず」という言葉に目を凝らすと、ありました。摘まんで口に入れると甘酸っぱさが実にさわやかです。
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 放し飼いのヤギにも出会いました。すごい食欲です。私たちには目もくれず、そのあたりの草を手あたりではない、口当たり次第に食べまくっていました。
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 ウィンターエックという登山鉄道の駅まで下りて、そこからミューレンに帰ることになりますが、まだ時間があるということで、「007」のロケが行われたことで有名なシートホルン展望台(2970m)まで足を延ばすことになりました。
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 あいにく、展望台は雲のなか。周囲は真っ白で何も見えません。とにかく、ジェームズボンドが活躍した現場に来たという証拠写真だけは撮っておきました。
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 翌17日朝、雲一つなくホテルの窓からは、三山が鮮やかでした。今日の行程は、やはりアルメントフーベルから、昨日とは逆方向へのハイキングです。
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 歩き始めるとまた、花・花・花。花の向こうに三山が気高くそびえています。牛たちがカウベルを響かせながら、無心に草を食べ続けています。しばらく行くと、私たちが宿泊しているミューレンの村が、小さく見えました。
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   写真   左下に見える街並みがミューレン
 見晴らしのいい場所で休憩。すっかり親しくなった同行のメンバーやガイドさんたちと記念撮影をしました。
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 さらに少し行くと、そこで放牧している牛のミルクから自家製チーズをつくっているというシルトアルプ小屋(2000m弱)に到着。セルフサービスとかで、冷蔵庫から勝手にミルクを取り出して飲みました。その濃くておいしかったこと。もちろん、チーズも買い求めました。ガイドのTさんは手慣れたもので、それぞれから代金を徴収して納めていました。
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 名残りを惜しみながら下ってくると、農作業の場面に出くわしました。長い大きな鎌で下草を刈って集めています。滑り落ちそうな急斜面を大きな草刈りのトラクターが動いています。
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 ミューレンに降りてくると、村のなかの斜面に鹿を見つけました。人間の話し声にもまったく動ずる気配はありません。やはり一心に草を食んでいました。
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 この日でミューレンともお別れです。明日は山を下り、チューリッヒからまたヘルシンキを経て帰途につきます。遅い日暮れのあと、窓から名残りの三山を見上げると雲の間から月が少し顔を出しています。別れのあいさつを兼ねて、シャッターを切りました。
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 天候に恵まれ、なにより同行のメンバーとガイドさんに恵まれ、またとない素晴らしい体験をさせてもらいました。感謝・感謝です。
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マッターホルンからアイガー、メンヒ、ユングフラウへ

2017/07/23 16:11
17.07.23

 アルプス紀行の第三弾です。14日、今日のコースは、珍しい山の地下鉄「アルペンメトロ」や大型のゴンドラ、ロープウェイを乗り継いで、一気に3103メートルのロートホルン展望台へ。そこから、ゴンドラの終点駅ブラウヘルトまでの5.4キロメートルのハイキングです。
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   写真   ゴンドラの終点駅、ブラウヘルトで
 しかし相方の体調の関係で、私たちは同行のFさん、Oさん、Tさん、ガイドのTさんと別れて、乗り物で下山。中継点の周辺を散策することにしました。
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   写真   ロートホルン展望台へ向かうロープウェイから
 展望台からの眺望を楽しんだ後、ブラウヘルトまでロープウェイで下り、そこからしばらく行ったところに、素敵な池が見えたので、行ってみることにしました。途中、道がわからなくなって、多少の不安もありましたが、何とかたどり着きました。やっぱり、素晴らしい眺望で、マッターホルンを背景に岩の上で一枚。しかし、肝心のマッターホルンを右手で隠してしまいました。
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   写真   マッターホルンを背景にロートホルン展望台で
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 さらに、ゴンドラでスネガというところへ降りて、素敵なレストランでのんびり過ごしました。スネガでは、上半身が真っ黒で下半身が白という珍しいヒツジの群れに遭遇。実は、ツェルマットのお土産屋でこのヒツジの小さなぬいぐるみを売ってましたが、こんな作り物はいかがなものか、と思っていました。疑ってすみませんでした。幸い、相方の体調も回復したようでひと安心でした。
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 ツェルマットでの3泊目が明けて、今朝でマッターホルンともお別れという朝、空はまた私たちに最高のプレゼントをしてくれました。目覚めて、ホテルの窓からマッターホルンを眺めると、鮮やかなモルゲンロートです。言葉を失いました。
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 今日15日は、アイガー(3970m)、メンヒ(4107m)、ユングフラウ(4158m)が連なる三山に向かいます。列車で、グリンデルワルトまで。さらに登山電車とロープウェイでメンリッヒェン(2229m)というところへ。そこからハイキング。クライネシャイデックという登山電車の駅までです。
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   写真   左からアイガー、メンヒ、ユングフラウ
 目的地が近づいて、ついにアイガー、メンヒ、ユングフラウの三山が目に飛び込んできました。500人からの命を飲み込んだアイガー北壁。長年憧れてきた本のなかの世界が真正面です。ガイドのTさんの案内で、登山鉄道の向かいの小高い丘の中腹に向かうと、何とそこに、新田次郎の碑がありました。私が山に登るようになったきっかけを作ってくれた作家です。マッターホルンやアイガーの北壁を登攀した日本の女性登山家・今井通子さんがモデルと言われる「銀嶺の人」をはじめ、若いころ、むさぼるように読んだものでした。その今井通子さんの登攀ルートも北壁の正面に掲示されていました。
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   写真   新田次郎の碑の前でご満悦
 その日の宿は、ミューレンという小さな村の「ホテル・アイガー」。やはり部屋の窓からは、三山が正面に並んでいました。
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   写真   ホテルの部屋からの三山の眺め。左奥からアイガー、メンヒ、ユングフラウ
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圧巻!マッターホルンのモルゲンロート

2017/07/22 16:21
17.07.22

 さて、アルプス紀行の第二弾です。首都ベルンからツェルマットへ移動して一泊した翌日13日は、午前4時に起床。ハイキングの準備を整えて、5時10分発の登山電車でゴルナーグラートの展望台(3089m)に向かいました。
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 マッターホルンのモルゲンロートを見るためです。各国からの観光客とともに、日の出を待ちました。幸い、空には一片の雲もありません。期待に胸を膨らませて待つうち、マッターホルンの先端が光り始めます。そして、みるみる赤く染まっていきました。モルゲンロートです。圧巻です!
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 やや下ったところに小さな池があり、そこに先端を赤く染めたマッターホルンが写っています。逆さ富士ならぬ逆さマッターホルン。見事でした。
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 私たちの後ろでは、なんと四人の楽人による演奏が始まりました。この地方の民謡なのでしょうか。風景に実によく合っています。
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 展望台のレストランで朝食。食事中もまた、あの楽団がずーっと演奏を続けてくれました。食後、展望台からの360度の山並みをたっぷり堪能して、登山電車を一駅下ったローテンボーデンというところからハイキングです。
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 途中、草原の斜面にマーモットの姿を見ました。休憩場所では、顔と膝、つま先が黒いヒツジがのんびりと休んでいました。
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 雄大な風景のなかを見慣れない動物たちや小さなかわいい花々を見ながら、ゆっくりと2時間半ほどだったでしょうか。リッフェルアルプ(2222m)というところから、ふたたび登山電車で、ツェルマットへと帰ってきました。

 ホテルでシャワーを浴びて、ひと休み。それでも日が落ちるのは、9時半くらいです。街に買い物などに繰り出しました。目抜き通りは、人であふれています。外国語に交じって、日本語がずいぶん聞こえてきます。
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 花屋の店先に、エーデルワイスを見つけました。山ではまだ見ていなかったので、写真を撮っていたら、「私も撮っておこう」と女性の声。やはり、日本からの観光客でした。
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 おいしそうな大きなウインナーを売っているお兄さんがいました。それを買って、「写真を撮っていいか」と聞くと、お兄さん、すかさずポーズをとってニッコリ。観光客慣れしているんでしょうか。
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 表通りは、まるで軽井沢か上高地のような賑わいですが、路地に入ると、古い建物が残されています。首都ベルンを含めて街も自然も、まるで巨大なテーマパークのようです。

 その後の報告は、また後日。
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志位和夫委員長を迎え、日本共産党演説会

2017/07/21 22:20
17.07.21

 JR津田沼駅で行われた日本共産党演説会。志位和夫委員長を迎えて、斉藤和子衆議院議員をはじめ県内各小選挙区の候補者が勢ぞろいしました。

 6時開始に少し遅れて到着しましたが、すでに駅前デッキ、階段、歩道は人・人・人でいっぱい。小選挙区候補が一言ずつ、決意表明をしていますが、人の頭ばかりで宣伝カーすら、見ることができません。
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 あちこち移動をして、なんとか隙間から宣伝カーを遠望できる場所に。両腕を高く上げて、あてずっぽうでシャッターを切りました。(案外、撮れていました。腕というより、カメラの性能です。)
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 志位和夫委員長は、まず東京都議選の結果に触れ、選挙中には言わなかったが、実は苦しいたたかいだったと、都民ファーストという自民に代わる「受け皿」が用意されたもとでの難しい選挙だったと述懐しました。しかし、そのたたかいに勝利できたのは、安倍・自民党政治の崩れの深刻さ、それに対してブレずに真の対決者として頑張る日本共産党への期待が広がったこと。同時に、日本共産党がこの間、野党と市民の共闘に誠実に取り組んできたことが多くの有権者から評価された結果だと述べました。

 そのうえで、来るべき総選挙で、野党と市民の共闘を成功させ、日本共産党の躍進で安倍政権を倒し、国民の声が生きる新しい政治を実現しようと訴えました。
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 今度の総選挙は、国政の私物化を極限まで進めてきた安倍政権を替える選挙であり、憲法破壊・安倍改憲にストップをかける選挙であり、税金の集め方・使い方、働き方など国民の暮らし中心の政治に切り替える選挙だと強調。改めて野党と市民の共闘の成功と日本共産党の躍進を訴えました。

 最後に志位和夫委員長は、先の「核兵器禁止条約」を採択した国連会議に触れ、会議にも条約にも背を向けた恥ずかしい日本政府に、条約への参加・署名を働きかけると同時に、それができないなら、核兵器禁止条約に署名する政府を、世界の核兵器廃絶運動の先頭にたつ政府を私たちが作ろうと呼びかけ、聴衆の圧倒的な拍手と歓声を浴びました。
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花見川区革新懇が「核兵器廃絶国際署名」の訴え

2017/07/20 22:15
17.07.20

 花見川区革新懇の定例宣伝。今日は、JR幕張駅の南口で行いました。

 開始時間に少し遅れて到着すると、すでに日本共産党の中村きみえ市議がマイクで訴えていました。「核兵器廃絶国際署名」への協力に加え、九州豪雨の被災者救援募金も訴えています。参加者は、8人ほど。
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 続いて、寺尾さとし県議。最後に私からも訴えました。7日に、国連で「核兵器禁止条約」が採択されました。歴史上はじめて、核兵器が違法とされました。その国連会議に参加した日本共産党志位和夫委員長が、昨日の日本共産党創立95周年記念講演会で行った報告をそれぞれそれなりに生かして訴えていたようです。
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 ポツポツとではありますが、足を止め、署名していく人がいます。なかには、外国人の方も。名前は、カタカナで書けたようですが、住所は無理なようです。そのうち、身分証明書のようなものを出して、代わりに書いてくれということで、貴重な1筆をもらいました。文字通りの国際署名です。
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 「平均年齢80歳を超えた被爆者は、後世の人びとが生き地獄を体験しないように、生きている間に何としても核兵器のない世界を実現したいと切望しています。あなたとあなたの家族、すべての人びとを絶対に被爆者にしてはなりません。あなたの署名が、核兵器廃絶を求める何億という世界の世論となって、国際政治を動かし、命輝く青い地球を未来に残すと確信します」署名用紙の裏に書かれた被爆者の訴えです。
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 約1時間で14筆でしたが、この署名がまた大きな力となって、「核兵器禁止条約」に背を向ける日本政府を追い詰め、核保有国に迫っていくことになります。
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憧れのアルプスを堪能してきました

2017/07/19 22:08
17.07.19

 スイスへの旅行から今朝、帰ってきました。首都ベルンに1泊し、長年のあこがれマッターホルンの街ツェルマットに3泊、アイガー、メンヒ、ユングフラウの三山を見渡すミューレンに3泊。ハイキングを楽しみながら、アルプスの山並みを堪能してきました。

 11日、成田からヘルシンキ乗り継ぎでスイスのチューリッヒ空港へ。合せて約13時間もの飛行は初体験です。時計を7時間戻して、チューリッヒから電車で首都ベルンへ。到着は、現地時間の午後9時ごろでしたが、日暮れにはまだ少し間があるようで、太陽が輝いていました。
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 時差で今日は、一日が31時間。長い一日ですから、ホテルへ入る前にCOOPで食べ物などを仕入れました。驚いたことに、お店に入った正面ににぎり寿司とおにぎりが置いてありました。さっそく買い求めましたが、味はもちろん、本場にかなうものではありませんでした。
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 翌12日は、ベルン市内の観光です。街並みそのものが、どこかのテーマパークに来たかのようです。その目抜き通りを観光馬車や路面電車がゆっくり走っています。
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   写真   高台から眺めるベルンの街
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 朝市を冷やかし、バラ公園、熊公園、大聖堂や時計塔など、きっとお決まりなのだろう観光場所を観て、街を散策。自由行動では、アインシュタインが住んでいたアパートの部屋が記念館になっていて、そこを訪ねました。いたるところに水が噴き出しています。空いたペットボトルに適度に冷たいその水を満たして飲みました。
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   写真   アインシュタインが相対性理論の土台を考え出したといわれるアパートの記念館
 午後は、いよいよ鉄道でツェルマットへ移動。まるでおとぎ話に出てきそうなかわいいホテルにチェックイン。部屋からはなんと、真正面にマッターホルンが。

以後の報告はまた後日。
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“歴史的壮挙”国連、核兵器禁止条約を採択

2017/07/10 14:31
17.07.10


 人類史上初めて核兵器を違法化する核兵器禁止条約が7日、122カ国(反対1、棄権1)の圧倒的多数の賛成で採択されました。

 この会議に参加していた日本共産党の志位和夫委員長は同日、国連本部で「人類史上初の核兵器禁止条約の採択は、日本の被爆者をはじめ『核兵器のない世界』を求める世界各国と市民社会の多年にわたる共同の取り組みが結実した、文字通り、歴史的な壮挙である。」と、これを心から歓迎する声明を発表しました。
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 志位和夫委員長は声明で「条約は、核兵器の法的禁止の内容として、核兵器の『開発、実験、生産、製造、取得、所有、貯蔵』、『使用、使用の威嚇』、締約国の領土と管轄地域への核兵器の『配置、導入、配備の許可』などを明記した。」「これらは、核兵器に『悪の烙印』を押し、それを全面的に違法化するものとなった。」

画像 「核兵器禁止条約の採択は、新たなスタートであり、私たちのめざすゴールは『核兵器のない世界』――核兵器完全廃絶の実現である。」と述べ、日本政府がアメリカなど核兵器保有国とともに会議に参加しなかったことについて、「日本政府が、唯一の被爆国の政府であるにもかかわらず、歴史的な核兵器禁止条約に背を向ける態度をとっていることは、内外の強い失望と批判を招いている。」と厳しく批判、政府に条約への参加を求めると同時に「野党と市民の共闘を発展させ、このような政府を変え、核兵器廃絶を求める世界の本流にくわわり、その先頭にたつ政府をつくるために、わが党は、力をつくす」と、決意を表明しました。

 国連本部で記者会見した志位和夫委員長は、記者の質問に答えて、条約が「核保有国やその同盟国に対しても、大きな政治的・道義的な拘束力を発揮し、『核兵器のない世界』に進む大きな力になる」と述べると同時に、野党と市民の共闘について、「核兵器禁止条約についても大いに議論して、野党共闘の課題にしていく努力をしていきたい」「地方レベルからも声をあげる努力をしていきたい」と述べました。

 広島・長崎の両市長も記者会見やコメントを発表しました。広島の松井一実市長は「被爆者をはじめ、多くの方々の願いを実現する第一歩になった」と歓迎、「出来上がった条文に魂を入れる状況をつくっていくのがこれからの大仕事になる」と述べました。また、長崎の田上富久市長はコメントで、「被爆者や被爆地の訴えが世界を動かし、長年の願いだった核兵器禁止条約が形になったことに、深い感慨を覚える」と歓迎する一方、日本政府が交渉に参加しなかったことについて「被爆地として非常に残念だ」と批判。「核保有国の不参加を理由とせず、勇気を持って政策を見直し、条約に参加することを求める」と訴えました。

 日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)や原水爆禁止日本協議会(日本原水協)などの団体もそれぞれ、歓迎の声明・談話を発表。「核兵器が廃絶されるまで、歩み続ける」(被団協)など 、決意を表明しています。

 条約は、9月20日から各国での署名が始まり、50カ国が批准すれば90日後に発効します。国際社会は、日本政府が被爆者の声と世界の良識に耳を傾ける日を待っています。条約で否定された「核抑止力論」――核兵器による威嚇に依存した安全保障政策からの脱却が求められています。
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「しんぶん赤旗」新人王戦ベスト8の藤井聡太四段

2017/07/09 18:27
17.07.09


 今日(9日)付「しんぶん赤旗日曜版」に今話題の中学生棋士・藤井聡太四段が登場しています。連勝は、29でストップしてしまいましたが、インタビューなどで見せる中学生ばなれした落ち着いた受け答えや所作に驚かされます。

画像 記事のなかにも紹介されていますが、藤井聡太四段は現在、「しんぶん赤旗」主催の「新人王戦」(第48回)にも出場していて、現在勝ち抜いてベスト8まで進んでいます。あと2勝すると、決勝3番勝負の大舞台(10月に予定)に進むことになります。

 「しんぶん赤旗」の新人王戦の出場資格は、26歳以下、6段以下、赤旗名人戦優勝者などで、「新人の登竜門」といわれるたいへんグレードの高いタイトル戦です。第19回(1988年)の優勝者は、ご存知、羽生善治三冠でした。下した相手は、今は日本将棋連盟専務理事になっている森内俊之9段。森内9段は、前年第18回の新人王で、のちに「竜王」「棋王」「王将」のタイトルを取り、8期も「名人」に輝いて「第18世永世名人」の称号を与えられています。ちなみに、先日藤井聡太四段と対戦した増田康宏四段は、昨年度の新人王です。

 「しんぶん赤旗」には、将棋だけでなく、囲碁の「新人王戦」があります。その実現には、銚子市出身の石毛嘉久雄9段が大きな役割を果たしました。石毛9段は、第21世本因坊秀哉(ほんいんぼう しゅうさい)の義理の弟さんである高橋俊光八段からある人物を知らされます。小岸勇也のことです。高橋氏は、石毛氏に「おい、小岸勇也を知っているか。」「主権在民・反戦平和を言ったのは、共産党であり、彼らだ。」「小岸勇也の名を残せ。」と言ったといいます。

 小岸勇也は、本因坊秀哉の一番弟子・小岸壮二六段のお兄さんで、兄弟で本因坊の内弟子となり、大いに将来を嘱望されていました。しかし兄の小岸勇也は、棋士の道を究めることを断念して、反戦のたたかいに青春を捧げ、幾度かの検挙・拷問を受け、1941年(昭和16年)、若くして病死しました。

 戦争の時代は、生きていれば開花したであろう芸術や学問、スポーツなど、さまざまな才能を摘み取ってしまいました。石毛氏自身、17歳という伸び盛りの時に召集され、中国戦線に送られ、1946年20歳で焼け野原の東京に復員したとのことです。この戦争体験と小岸勇也のことが、石毛氏と日本共産党を結び付け、しんぶん赤旗が「新人王戦」を主宰するきっかけとなりました。また石毛氏の「棋力の弱い人も参加できる大会をやりたい」との願いが、「しんぶん赤旗全国囲碁将棋大会」につながりました。

 日本将棋連盟や日本棋院のホームページでも、ちゃんとしんぶん赤旗主催「新人王戦」のコーナーが設けられています。誇らしくうれしいことです。
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「九条の会・千葉地方議員ネット」の講演会に参加しました

2017/07/08 21:45
17.07.08

 千葉県内の超党派の議員でつくる「九条の会・千葉地方議員ネット」の総会と講演会があり、後半の講演会に参加しました。

 講師は、ふなばし法律事務所の宮腰直子弁護士。「憲法九条をめぐる最近の状況」と題して約1時間。安倍首相が「2020年を新しい憲法が施行される年にしたい」とあからさまに表明しているもとで、「地方から何ができるか」との問題意識のもとに、予想される自民党の改憲日程や改憲草案の問題点、5月3日以降のいわゆる「九条加憲論」等について、具体的に解説しました。
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   写真   熱く、わかりやすく語る宮腰直子弁護士
 宮腰弁護士は、最も早いスケジュールとして、来年1月召集の通常国会で改憲案の絞り込み、発議が行われ、発議後60〜180日の間に総選挙(が行われるとしたら)と同時に国民投票、という日程が考えられる。いずれにしても、時間はないし、事態は切迫していると警鐘を鳴らしました。

 続いて、2005年の自民党「新憲法草案」や12年の「国防軍を保持する」とした「憲法改正草案」にふれ、その危険性を告発しました。

 さらに、今年5月、安倍首相が突然表明した“9条の1・2項はそのままにして、自衛隊を明記する条項をつけ加える”とした改憲案について、それが日本会議の政策委員伊藤哲夫氏の論文そのままであり、その狙いは、護憲派の分断にあること、そしてそれは、改憲のワンステップであり、いずれ更なる改憲を狙っていること、等を明らかにしました。

 軍隊を持つ各国の憲法には、軍を縛る規定が設けられているが、日本の憲法は軍隊を想定していないので、その規定がない、集団的自衛権の行使容認の閣議決定がされたもとで、自衛隊を憲法に明記すれば、しばりの規定のないまま事実上軍が野放しになる、と指摘。今後の運動では、自衛隊が合憲か違憲かという対立軸に乗らず、自衛隊は何ができて何ができないのかという問題設定が必要ではないか、と提起しました。

 いずれにせよ、暴走する安倍政権を世論で追い詰め、解散総選挙で自民・公明など安倍政権の与党を少数に追い込むこと、同時に、改憲の野望を許さないため、「護憲派の分断」策動に乗ぜられることのないよう、「自衛隊を書き込むだけ」いとう改憲の狙いと危険性を徹底的に暴露する運動が求められています。各地・各分野の「九条の会」が、もうひと踏ん張りする必要がありそうです。
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平和な空を軍事に汚させてはならない

2017/07/07 16:47
17.07.07

 七夕の今日、織姫・彦星ならぬ二つのまがまがしい飛行物体が、わがマンション上空をわがもの顔に飛び回った。大型の軍用ヘリだ。
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 例によって、習志野基地へ向かうのだろうと思っていたが、爆音が遠ざかってはまた近づいてくる。それが繰り返される。旋回しているのだ。
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 腹が立ってきて思わず、カメラを手にベランダに出た。輸送ヘリのCH47Jが2機、マンション上空を旋回しようとしているところだった。
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 軍用機が、住宅地上空をわがもの顔で騒音をまき散らしながら低空で飛び回る。こんな光景を「当たり前」にしてはならない。こんな「がまん」を当たり前にされてはかなわない。旋回飛行は、30分も続いたろうか。
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 さっそく市の環境規制課に電話を入れた。「今日は習志野基地で何かあるんですか?」対応に出た職員は丁寧に、「調べてみます。ちょっとお待ちください。」との返事。しばらくして「とくに何があるのかわかりませんが、他にも何件か同様の声が届いていますので、そういう声が出ていることを自衛隊に伝えます。」とのこと。
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 「戦争法」は強行されたが、どっこい憲法9条は健在だ。安倍は改憲のたくらみを続けているが、国民がそれを許さないのは、都議選の結果が示している。とにかく、おかしいことには声をあげよう。憲法12条が、この憲法が私たち国民に保障している自由と権利を守るために、私たち自身に「不断の努力」を求めているのだから。
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「沖縄連帯のつどい」記録集の表紙に私の撮った写真が!

2017/07/03 19:17
17.07.03


 去る4月29仁つに開催された全国革新懇・東京革新懇主催の「沖縄連帯のつどい」の記録集が出版されました。先日、「しんぶん赤旗」にコマーシャルが載りました。「沖縄のようにたたかうための必読のパンフ」と、銘打ってあります。
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 その記録集の表紙を飾ったのが、なんと私が撮った写真です。
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 当日、だいぶ早めに会場に着いたのですが、すでにいっぱいの人で、会場最後部の真ん中あたりに空席を見つけて座りました。その位置からの撮影がよかったようです。後日、私のブログに掲載した写真を見て、全国革新懇の事務局から電話があり、2〜3枚、送った内の1枚が採用されていました。

 ただそれだけのことですが、なんとなくうれしいものです。ちなみに、販価は、一部300円とのことです。
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日本共産党・あぜ上三和子さん、当選おめでとう!

2017/07/03 00:19
17.07.02


 日付が替わるころ、江東区の日本共産党・あぜ上三和子候補の当確が出ました。これで、日本共産党の当選者は、17人。前回議席を確保しました。深夜ですが、思わず「やった!よかった!」と叫んで夫婦で拍手。ビラ配りに行った甲斐がありました。
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 その直後、北多摩1区の尾崎あや子候補の当確が出て、18人目。躍進した前回を上回りました。さらにもう1議席、激しく争っています。(ここまで書いたときに町田市の池川友一候補の当確が出て、日本共産党は19議席に前進しました。)

 自民は惨敗。政治の潮目がはっきりと変わりました。
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元タクシードライバーのAさんが入党してくれました!

2017/07/01 16:54
17.07.01


 元タクシードライバーのAさんが今日、日本共産党に入党してくれました。こんなにうれしいことはありません。

 中村きみえ市議とともに、約束の時間に伺うと、それと分かったらしくチャイムを押す前にドアを開けて出迎えてくれました。

 事前の電話で、訪問の趣旨はお話してありました。部屋にあがって、安倍政権のひどさや都議選のこと、しんぶん赤旗の記事のことなど、ひとしきりおしゃべりをしたあと、中村きみえ市議が入党申込書を出して改めてお願いすると、「いいよ。せっかく二人で来てくれたんだから」などと言いながら、すらすらとサインしてくれました。

 Aさんとの出会いは、もうずいぶん前のことになります。私がまだ現職の議員だったころ、毎朝の駅頭宣伝のときに、タクシープールで客待ちをしていたAさんが近づいてきて「先生、Bを知ってるでしょ。」と話しかけてきました。「はい、よーく知ってます。教え子ですよ。」というと「Bの結婚式のとき、先生とご一緒したんですよ。Bは、私の姪なんです。」「えーっ、そうだったんですか。」それが最初でした。

 C中学校に勤務していた時、Bは、私の担任ではありませんでしたが、結婚式に招いてくれ、スピーチをさせてもらいました。担任した子どもたちからの招待は、もちろんうれしいものですが、よそのクラスの子どもたちからの招待も、また違ったうれしさがあります。なかには、頼まれて仲人を務めたこともありました。

 以来、朝の駅頭宣伝でなにくれとなく会話をするようになり、しんぶん赤旗も購読してもらうようになり、選挙のたびに電話で支持のお願いなどをしてきました。友だちなどに
ずいぶん支持を広げてくれてもいました。

 サインが終わると、Aさんは中村きみえ市議とがっちり握手。もちろん私ともがっちり握手。帰りには、いただきものだがと言って、九十九里の蛤をどっさりいただきました。Aさん、これからご一緒に、いい世の中をつくるために、力を合わせていきましょう!よろしくお願いしますね!
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