今年もまた靖国を参拝、森田知事

14.08.18


 8月15日、今年もまた森田健作知事は、靖国神社参拝を繰り返しました。そのことについて、17日付産経新聞が、知事のコメントなどを報じています。

 記事によれば、森田知事は、靖国神社には知事の親族2人もまつられていて、「当時はみんな『日本のために』とがんばっていた。身内が手を合わせないで誰が手を合わせるのか。靖国参拝について他人にとやかく言われたくない」と述べたということです。

 あたかも、自身の親族のために参拝を繰り返しているかのような発言です。しかし、これはとんでもないごまかしだと言わなければなりません。

 今年の2月定例県議会で、日本共産党の加藤英雄県議が、この問題で知事の見解を質しています。

 加藤県議は、安倍政権の危険な「戦争する国」づくりへの暴走を批判し、その背景に、侵略戦争美化の特異な歴史観があると指摘したうえで「知事も、毎年のように靖国神社に参拝し、自身の著書には『日本の総理大臣や閣僚は堂々と靖国神社に参拝すべき』、『靖国で待っているという言葉を軽んじる政治家に国の舵取りができるだろうか』など靖国礼賛ともいえる記述が並んでいる」と指摘しました。

 さらに、靖国神社が、戦前は軍の管理のもと、若者を戦場に動員する役割を担い、戦後は、その侵略戦争を自存自衛の正義の戦い、アジア解放の戦いなどと美化、喧伝することを存在意義とする特殊な施設だと指摘。侵略戦争を引き起こした罪に問われたA級戦犯が合祀されていることも指摘したうえで、「政治家の靖国参拝は、遺族がお参りすることとは意味が違います。それは、政治家自らが侵略戦争を肯定する立場に身を置くことではありませんか。」と詰め寄りました。

 これに対して森田知事は「私自身は、さきの大戦で尊い命を落とされた方々に哀悼の意を表するために靖国神社にお参りしているのであって、戦争を肯定する意図は全くありません。」とだけ、答えています。

 ある時は「親族が眠っているから」と言い、またある時は「尊い命を落とされた方々への哀悼のため」と言い、真正面からの論戦を避け、批判から逃げながら、しかし、みずからの著書では「『靖国で待っている』という言葉軽んじる政治家には国の舵取りができない」と、首相や閣僚の参拝をけしかけています。森田知事の、これが本音であることに間違いはありません。「靖国で待っている」という言葉は、文字通り、戦前、若者たちを死地へと追いやるために最大限に利用された言葉でした。その言葉に、特別の思い入れを語るその思想は、戦争を肯定し、戦前・戦中の社会を美化するもの以外の何物でもないといわなければなりません。

 森田知事のもと、県議会自民党の一部右派議員が勢いづいています。安倍政権への厳しい審判のためにも、千葉の県政・県議会を正すためにも、来春のいっせい地方選挙は、重大なたたかいになります。

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