足尾銅山のたたかいの歴史を学ぶ――後援会旅行の二日目

16.11.23

 千葉市日本共産党後援会旅行の報告、第二弾です。地震の被害を心配しつつ、バスは、8時という予定を20分過ぎてホテルを出発。足尾銅山に向かいました。途中、バスの中で、足尾銅山のたたかいの歴史をまとめたDVDを見て、概略を学びましたが、昨夜の寝不足を解消している人もだいぶいたようです。
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 足尾銅山は、明治になって幕府直轄から古河市兵衛の経営に移りました。富国強兵政策の下、最盛期には、国内産出量の4割を占めたといいます。足尾銅山の「発展」のなかで、ご承知のように「古河財閥」が形成されていきました。しかし、重金属を含んだ廃水が渡良瀬川下流の旧谷中村の水質や土壌を汚染。田中正造で知られる足尾鉱毒事件が発生します。さらに、精錬所からの亜硫酸ガス(二酸化硫黄)を含む排煙は、上流域の松木渓谷の山々を裸山にしていきました。同時に、過酷な労働環境と搾取に対して、文字通り命がけで労働者たちも立ち上がります。
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 今は、観光地・観光資源と化した坑道へ、トロッコに乗って入っていきました。坑道内には、江戸時代から昭和(1973年閉山)まで、それぞれの時代の採掘の様子が再現されていました。時間に追われる見学で、現地ガイドさんの説明もゆっくり聞くことができなかったのは、残念なことでした。
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 続いてバスは、精錬所跡に立つ高い煙突やタンクなどを対岸に眺めながら、松木渓谷の足尾砂防堰提へ。駐車場でバスを降り、周りを見渡すと、植林の努力の跡とそれにもかかわらず未だに蘇ることのない荒涼とした山肌が目に飛び込んできました。「植林をはじめて40年、道は遠い」「一度、環境を破壊したら、元へ戻すのは大変なこと」「福島(原発事故)も同じ」というガイドさんの言葉は、重いものがありました。
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 それでも、堰提をバックに、みんなで記念撮影。草木ダムのほとりで昼食をとり、帰路につきました。もう少し、ゆっくりと見学・勉強したいところでした。
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