丸5年、第11回の「まぁぶる寄席」

18.06.10


 今日は、花見川区日本共産党後援会主催の「まぁぶる寄席」。早いもので、11回目になりました。あいにくの雨のなか、それでも40人ほどのお客さんが足を運んでくれました。
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 最初に席亭として私がご挨拶。続いて、伊藤二悦後援会長、日本共産党から中村きみえ市議も参加していましたが、代表して寺尾さとし県議がご挨拶しました。
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   写真   あいさつする伊藤二悦会長
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   写真   あいさつする寺尾さとし県議
 幕開けは、上方落語の久寿里菊之助さん、演目は「看板の一(ピン)」。「ピン」は、もちろんサイコロの一。博打の話です。若い衆が年季の入った親分に、胴を取ってもらいたいと持ち掛けます。もう博打はやめた、目も耳もダメになったとぼやきながら、それならとツボを振る。ツボの横にポロリとこぼれたサイコロの目は一。「さあ、張んな」と言われた若い衆。これはとばかり一に張る。みんなが張り終わったところで親分、「看板のピンはこうして片付けて」と、こぼれたサイコロはフトコロに。ツボのなかの目は、五。「銭は返してやるから、もう博打はやるな」と、親分かっこいい。馬鹿な奴がいて、これを真似してみるのだが・・・。
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   写真   久寿里菊之助さん
 実は若いころ、入院先の療養所で浅草の博徒と知り合いになりました。病院の規則を破っては、私に「始末書」を書いてくれと頼みにきていました。いつもダボシャツに腹巻。その腹巻のなかに両手を突っ込んでいます。聞くと、腹巻の中で花札をいじっているとのこと。世話になっているからと、いかさまの手口を教えてくれたことがあります。サイコロも見せてくれましたが、そのピンの目は、赤ではなく黒でした。博打のサイコロはピンも黒だったようです。

 さて、二番手は古典の名人・めずらしや芝楽さん。演目は「百川(ももかわ)」。日本橋の老舗「ももかわ」を舞台にした噺。芝楽さんもまくらで紹介していましたが、幕末、ペリー一行が来日したとき、その饗応を百川が一手に請け負ったのだとか。その百川に、田舎者の百兵衛さんが、新規の抱え人として登場するところから噺は始まります。二階では、祭が近づいたので、隣町に返さなければならない「四神剣」(祭りに使うのぼり。のぼりの先に鉾をつけていたのでそう呼ばれた)を質に入れて飲んでしまったのでもめている最中。百兵衛さんが顔を出して「わしゃ、ここのシジンケ(主人家)のカケエニン(抱え人)でごせえます」と言ったから、さあたいへん。隣町から「四神剣」(しじんけん)の「掛け合い人」がきたと思った連中は・・・。百兵衛さんの訛りが巻き起こすドタバタです。
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   写真   めずらしや芝楽さん
 それにしても芝楽さん。芝居を見ているような気分にさせてくれます。

 続いて、色もの。「るぅきく」の漫才です。河内家るぱんさんと久寿里菊之助さんの名コンビ。ハワイで買ってきたというアロハがよく似合っています。今日は、「家を買いたい」というるぱんさんに、菊之助さんがいろいろな物件を紹介しますが・・・。
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   写真   漫才の「るぅきく」のお二人。
 ここで中入り。休憩後は、百楽庵金一さん。ソフト帽にサングラスというおよそ寄席にはふさわしくない姿で登場。「麻生太郎です」と始めて、大爆笑です。偽造、改ざん、隠蔽をウソにウソを重ねてごまかそうとする安倍政権を笑い飛ばしました。
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   写真   麻生に扮した百楽庵金一さん
 さて演目は、「粗忽の釘」。引っ越し先でおかみさんに、「箒をかける釘を打っとくれ」と言われた亭主。瓦釘という長い釘を壁に打ち込んでしまいます。謝罪に行ってみると、話が通りません。それもそのはず、お向かいの家でした。今度は落ち着いてと、隣へ行ってみると、釘は仏壇の仏様の首に。怒る隣のご主人に粗忽の亭主、「いやー、たいへんだ。今度からここに箒をかけに来なくちゃいけねえ」
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 今日のトリは、河内家るぱんさん。演目は、上方落語の代表作「三十石」。江戸から明治初期、京都・大阪間の代表的な交通機関であったという三十石舟が舞台です。舟の出を待っている客たちのところへ船宿の番頭がきて、名前と住所を帳面に控えるという。鴻池善右衛門だ、西郷隆盛だ、小野小町だと、まともには答えない客たち。そのうち、「そちらさんは?はいはい、小松実さん。はい、寺尾さとしさん。中村きみえさんですね。」と、客席の名前が登場してきて、大爆笑。
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   写真   櫓を漕ぐ河内家るぱんさん
 三十石舟というのは、るぱんさんも話のなかで解説していましたが、長さ5丈6尺(約17メートル)幅8尺3寸(約2.5メートル)。2挺の櫓に4人の船頭がついたといいます。ドタバタの後、いよいよ舟が出ます。船頭が舟歌を唄いながら、橋の上の人やらとやりとりをして笑わせますが、るぱんさんのその舟歌の見事なこと。楽屋から、菊之助さんが合いの手を入れていました。

  実は、この噺を仕上げた初代桂文枝は、金に困ってこの噺を質に入れ、口演することができなくなりました。そこで、ひいきの人たちが金を出して、噺を質受けしたという、なんとも粋な話が残っています。

 というわけで、今回も、たっぷり楽しんでいただけたのではないかと思います。次回、第12回は12月。今回見逃した方、今度はぜひ!

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