「渡辺政之輔没後90周年記念講演会」にぜひ!

18.08.17

 今日は、治安維持法犠牲者国賠同盟千葉県本部の三役会議。

 この間、船橋支部の再建、銚子や佐倉を中心とした地域など、県内での支部づくりが進んできましたが、東葛地域での支部づくりの進展状況が報告され、同時に、進んでいる会員拡大の一層の取り組みを確認しました。また、9月に神奈川県厚木の七沢温泉で開催される関東ブロックの交流会や県本部総会、10月の「渡辺政之輔没後90周年記念講演会」の取り組みなどについて、協議が行われました。
 
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 「渡辺政之輔没後90周年記念講演会」については、すでにチラシも出来上がり、先日、同盟の機関誌である「不屈」に折り込んで発送しました。10月7日(日)午後2時から、千葉市生涯学習センターの小ホール(地下)で、日本共産党中央委員会の学術・文化委員会責任者土井洋彦さんを迎え、「戦前の日本共産党のたたかいと渡辺政之輔」というテーマで講演いただきます(資料代500円)。ぜひ、多くのみなさんにご参加いただき、県内出身の戦前の活動家、日本共産党の委員長も務めた渡辺政之輔の事跡をたどっていただけたらと思います。

画像 講演会開催に合わせて、「渡辺政之輔とその時代」(学習の友社1800円)の著者で、同盟千葉市支部の顧問でもある加藤文三さんに無理にお願いして、「渡辺政之輔没後90周年に寄す」との一文を寄せていただきました。療養中で、文三さんが口述し、奥さんの好子さんが筆記したものです。

 次号の千葉県版「不屈」に掲載予定ですが、一部紹介したいと思います。

 
  「渡辺政之輔について、その偉大さを知らない人がなんと多いことか。残念でならない。日本共産党の党史をひもとくうえで、彼の果たした重要な業績を伝えておきたい。
  まず第一、1922年に日本共産党が結成されたが、すぐ解散を命令され、指導者は治安維持法によって全員逮捕された。その時、彼らの中に、日本のような国では共産党を結成することは不可能であるとして、党を結成することをやめようという意見が多くなった。このような解党派に対して断固反対したのが渡辺政之輔だった。多数派の意見に従えば、戦前の日本共産党の歴史はなく、党の結成は戦後まで延ばされたであろう。中国への侵略に対する反対論もなく、宮本顯治らの反戦平和のたたかいもなかったに違いない。
  第二に、政党を結成するには、何をめざし、どう実現するかという「綱領」が必要だが、日本最初の綱領的文書である“27年テーゼ”を作ったのも渡辺政之輔だった。作るにあたり、モスクワへ行ってコミンテルンと協議してきた。
  第三に、創建された日本共産党は知識人が大多数であったが、何代目かに小学校しか出ていない渡辺政之輔が委員長に選ばれた。「南葛労働会」という労働者の組織を作って、共産党を真に労働者中心の政党に作り変えていったのも渡辺政之輔だった。
  第四に、政党の考えを多くの人々に知らせるためには定期的な発行物が絶対に必要であるが、「赤旗」(せっき)を発行したのも渡辺政之輔である。(後略)」


 多くのみなさんのご参加をお待ちしています。

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