ヒロシマの日に想う

18.08.06

 「73年前の8月6日と9日、アメリカが投下した原子爆弾は、広島と長崎にかつて人類が体験したことのない惨劇をもたらした。二つの都市は瞬時にして壊滅し、その年のうちに21万もの命が奪われた。かろうじて命をつないだ被爆者も、放射線などによる後遺症に苦しめられてきた。破滅的で非人道的な結末をもたらす核兵器は、いかなる理由によっても、再び使用されてはならない。広島の地に集った我々は、いまだ人類の生存にとって脅威である核兵器を一刻も早く、完全に廃絶するために行動することを訴える。」

 原水爆禁止2018年世界大会「国際会議宣言」冒頭の一節です。今日は、ヒロシマの日です。

 もう三十数年も前のことですが、中学校の教員をしていた私にとって、忘れられない授業があります。嵯峨信之さんの「ヒロシマ神話」という詩の授業でした。


 失われた時の頂きにかけのぼって
 何を見ようというのか
 一瞬に透明な気体になって消えた数百人の人間が空中を歩いている

 (死はぼくたちに来なかった)
 (一気に死を飛び越えて魂になった)
 (われわれにもういちど人間のほんとうの死を与えよ)

 そのなかのひとりの影が石段に焼きつけられている


 「ヒロシマ神話」の前半部です。どう展開するか、悩んだ授業でした。戦争と原爆というものについて、詩の一つひとつの言葉・表現を討論で深めて・・・。ありきたりのことを考えていましたが、そんないい加減な教師の姿勢をある生徒が打ち砕きました。

 普段はあまり発言しない、テストもあまり得意でない生徒が、授業開始とともに「先生!なんで広島でなくて、ヒロシマなんだ?」と質問したのです。

 授業の計画は、すっかり脇へ置いて、その質問をみんなで討論する授業になりました。白熱した討論、そして結論。ヒロシマは、もはや日本の地名の一つではない、二度と再びこの悲劇を繰り返してはならないという世界の象徴になったのだ、だから作者は、広島ではなくてヒロシマと書いたんだ。それが正解かどうかはわかりませんでしたが、子どもたちは最高の討論をし、結論を出したと思いました。

 その時の子どもたちは今、核兵器禁止条約の足を引っ張る日本政府の姿をどう見ていることでしょう。

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