東海道歩き、大磯宿から二宮まで

18.10.24


 およそ5ヶ月ぶりに東海道の散策に出かけました。前回は、島崎藤村の旧宅を最後に、大磯駅から帰路に着きました。今回は、そこからのスタートです。

 藤村の旧宅辺りから、東海道(国道1号)へ出ると、すぐに上方見附跡の標示がありました。ここが大磯宿の上方方面の出入れ口ということになります。
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 そこからはまた、見事な松並木が残され、保存されています。なかには、樹齢300年を超えるものがあるのだとか。東海道の往時を偲び、歩道橋の上から一枚撮ってみました。
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 ここから先は、ひたすら歩くのみと思っていましたが、旧東海道松並木のちょうど切れる辺りで、なにやらイベントらしき雰囲気。覗いてみると、明治150年とやらで、整備中の「明治記念大磯邸園」なるものが、昨日から無料で公開されているとか。
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   写真   陸奥宗光別邸の玄関
 明治以降の歴史は、敗戦までの絶対主義的天皇制の時代とその後の現憲法の下での国民主権の時代とでは、まったく別のものであり、一緒にすることはできません。その区別を曖昧にすることに、絶対主義的天皇制の時代=戦前美化の政治的な思惑をみないわけにはいかないのですが、「入場無料」の看板に惹きつけられて入ってみました。
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   写真   庭から見た陸奥宗光別邸
 無料で公開されていたのは、陸奥宗光別邸と大隈重信の別邸の庭園。どちらも驚くほどの立派さで、庭園はそのまま「こゆるぎの浜」につながっていたという規模です。伊藤博文の別邸「滄浪閣」も西園寺公望の別邸跡も隣接していて、いずれ整備、公開されるのかもしれません。主催は、国土交通省でした。
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   写真   大隈重信の別邸
 しばらく行くと、今度は吉田茂邸です。「県立大磯城山公園旧吉田茂邸地区」となっています。東海道を挟んだ反対側が城山で、そこは「旧三井別邸地区」だとか。まあ、無料ならばと、入ってみました。ここも庭はそのまま「こゆるぎの浜」につながっているようでした。
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 いったい誰のお金でこれだけのものを造ったのかと、釈然としない思いを抱きながら、ラーメン屋さんでお食事。1キロほど行くと、「六所神社」の立派な鳥居。参道は、東海道線を潜っています。大化の改新の後、現在地に移転したとかというおそろしく歴史のある神社で、相模の国の総社なんだとか。
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 自民党・外務大臣のポスターが目立ちましたが、どっこい負けていません。日本共産党のステキなポスターもありました。
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 六所神社から約2キロ。二宮駅入り口の表示が見えてきました。無理をすればもう少し、という気もしましたが、秋の陽はつるべ落とし。ここまでとして、二宮駅に向かいました。駅のロータリーに、あの「ガラスのうさぎ」の像が建っていました。高木敏子さんの戦争体験を綴った同名の本は有名で、教員時代には私も中学生たちに薦めたものです。映画にもなって、やはり教え子たちを引き連れて上映会に出かけました。作者の高木敏子さんとは、ひょんなことで千葉健生病院のロビーでお会いしました。お互いに通院患者だったようで、病院職員に紹介されて、しばらく立ち話をしたことがありました。
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 東海道もだんだん遠くなってきて、いくらも歩けなくなってきました。片道2時間半は、かかるようになりました。間もなく小田原ですが、いよいよ泊りがけということになりそうです。

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