小松実のひとりごと

アクセスカウンタ

zoom RSS 満席の大盛況!「渡辺政之輔没後90周年記念講演会」

<<   作成日時 : 2018/10/07 21:15   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

18.10.07


 今日はいよいよ、「渡辺政之輔没後90周年記念講演会」。どれくらい人が来てくれるだろうか?準備に手抜かりはないだろうか?実行委員長としては、この間、落ち着かない日々を過ごしてきました。

 それでも開場時間のかなり前から、ボツボツと来場者があり、なんとかいけそうな気配。午後2時の開演時間には、ほぼ満席になりホッとしました。
画像
   写真   主催者挨拶をする小松実
 日本共産党千葉県委員会の大西航さんの司会、開会のあいさつに続いて、実行委員会を代表して私があいさつ。すぐに、日本共産党中央委員会、学術・文化委員会責任者の土井洋彦さんの講演に入りました。

 テーマは「戦前の日本共産党のたたかいと渡辺政之輔」。A4、13ページにわたる資料と2ページのレジュメを駆使した講演ですから、その全体のレポートは、とても無理なことですが、講演はまず、「戦前の日本社会と渡辺政之輔の育った時代」というところから始まりました。
画像
   写真   講演する土井洋彦さん
 渡政が東葛飾郡市川町根本(今の市川市)に生まれたのが1899年。日清戦争と日露戦争の間、文字通り絶対主義的天皇制と対外侵略の時代です。韓国併合、大逆事件などの植民地支配、いわゆる「冬の時代」のなかで育ちますが、やがてロシア革命(1917)やコメ騒動(1918)などの影響、「大正デモクラシー」の広がりなかで青年期を迎えます。そして、労働運動へ。

 1922年に日本共産党が創立されますが、渡政はその直後に入党したようです。小学校しか出ていない渡政は、労働者として、労働運動のなかで鍛えられ、必死に勉強したのではないかと思います。労働運動の、やがて日本共産党のリーダーとして、その力量を発揮していきました。党再建の山形県五色温泉での第三回党大会、最初の綱領的文書「27年テーゼ」の作成とその実践――工場の中での党づくりと機関紙「赤旗(せっき)」の発行等々。
画像
   写真   講演する土井洋彦さん
 「全国の革命的労働者貧農諸君!
 日本共産党の中央機関紙「赤旗」が、ここに生まれた。決死の覚悟を以てブルジョアと闘争する革命的前衛なくして、労働者貧農の真の階級的勝利はあり得ない。」と始まる「赤旗」創刊の辞(1928年2月1日)も、渡政の起草になるのではないか、とのことでした。治安維持法に目的遂行罪が加わり、死刑法に改悪されるのが、この年の6月。文字通り命がけの発行でした。そして、10月6日。台湾のキールン港で、官憲に包囲された中で、渡政は自ら命を絶ちました。29歳の若さでした。
画像

 たっぷり1時間半超。満席の会場は、時に笑い、時に大きなため息を漏らしながら、土居さんの話に聞き入りました。

 講演は、テープ起こしをして、パンフレットにまとめたいと思っています。土井洋彦さん、本当にありがとうございました。また、ご来場のみなさん、本当にありがとうございました。

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 2
なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
満席の大盛況!「渡辺政之輔没後90周年記念講演会」 小松実のひとりごと/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる