マルクスとハイネ、山宣と夢二

18.11.14


 土屋保男さんの「革命家マルクスとイェニー」を読みました。50年も前の著作の新装版ですが、若きマルクスとあの詩人ハイネに親交があったことに、改めて興味をそそられました。
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 1843年末、ドイツを追われ、パリに移住したマルクスのもとをハイネは度々訪ねては、自らの詩の批評を求めたようです。時に、マルクスは25歳。ハイネは21歳も年上でした。

 1844年、ハイネは、ドイツのシレジア(シュレージエン)の織物工のたたかいを題材に「貧しき職工たち」(のちに「シレジアの職工」と改題)を発表。マルクスの盟友・エンゲルスがそれを激賞したとのことです。

 ハイネの詩集は、高校生の時に読んで以来、縁もなく過ごしてきましたが、あの「ローレライ」だけは歌えます。ナチスの時代になっても、ハイネの作品は徹底的に排除されましたが、この「ローレライ」だけは、作詞者の名前を抹消したうえで歌われていたようです。

 こうした偉人たちの「思わぬ親交」で思い出すのは、あの山宣(山本宣治)と竹久夢二のこと。出会いは、1912年の京都での「夢二作品展覧会」。意気投合した二人は、翌年、山宣の実家の別荘「花やしき」で、ともに5日間を過ごしますが、その話はまた後日。

 最近の読書で、印象的だったのは、不破哲三さんの「マルクスと資本論」(上・中・下)。もうずいぶん前に上巻だけ読んで、そのままにしていました。中巻と下巻を取り寄せて改めて最初から読み直しました。不破さんが、この著書を「結婚50周年の記念の書」としたいと「まえがき」に書いているのを見て、まるでマルクスとイェニーのようだと思いました。
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画像 10月は他に、柿田睦夫さんの「創価学会の変貌」を面白く読みました。

 その他、図書館から浅田次郎の作品をずいぶん借りて読みました。「黒書院の六兵衛」(上・下)、「鉄道員」「赤猫異聞」「神坐す山の物語」など。浅田次郎の作品には、この世のものでない、見えるはずのない存在が重要な役割を担ってしばしば登場しますが、そしてそれは、「蒼穹の昴」(講談社文庫1~4)など、中国の近・現代史を扱った作品でも同様なのですが、「神坐す山の物語」を読んで、なるほどという感じがしました。浅田次郎の母方の実家が、東京の御岳山、御岳神社の御師の家で、浅田次郎も幼いころ、よくそこへ遊びに行っては、不思議な話を聴き、不思議な体験もしていたようで、「神坐す山の物語」は、その体験がもとになっています。

 それにしても、近くに図書館があるというのは、幸せなことです。

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