特別展「三国志」を観てきました

19.09.04

 上野の東京国立博物館で開催中の特別展「三国志」を観てきました。日中文化交流協定締結40周年記念なのだそうです。夏休みが終わるのを待って、平日に出かけたのですが、それでも結構な混みようでした。うれしかったのは、すべての展示品の撮影が許されていたことです。

 高校生のころ、あの「三国志演義」の翻訳本(岩波文庫で10巻くらいだった)を読んで、その面白さに惹かれ、陳舜臣や最近では宮城谷昌光など、関連本を含めて繰り返し楽しんできました。

 入館すると、さっそく関羽の美しすぎるブロンズ像が出迎えてくれました。15~6世紀、明の時代のものだとのこと。信を重んじたということで、いつしか商業の神として祀られるようになるとは、本人も到底予想しなかったことでしょう。
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 展示室の空間を埋め尽くすように飛ぶ矢、あたかも偽装の船に突き刺さったかのようなおびただしい矢。赤壁のたたかいの様子を模しているのでしょう。
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 その赤壁で発掘されたという鏃が展示されていました。鉄製の鏃だとか。そのころ日本は、まだ卑弥呼の時代です。
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 呉の有力者の墓から出土したという船形模型も展示されていました。
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 曹操の筆になるという拓本も展示されていました。ゆったりと力強い感じがします。「三国志演義」では、すっかり悪者にされてしまいましたが、死に臨んで薄葬を遺言するなど、なかなかの人物だったようです。
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 近年発掘された曹操の墓は、遺言通り質素なものだったようです。テレビでも放映していましたが、墓室を再現したような展示室には、出土した「白磁」の壺が展示されていました。説明によれば、白磁の誕生は、6世紀後半・隋のころだといいますから、3世紀の曹操の墓になぜそういうものがあったのか、今後の解明が待たれます。
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 この発掘された墓が、曹操の墓だとの決め手になったのが、この石牌。「魏武王」(曹操のいわば贈り名)という文字が読み取れます。埋葬された副葬品につけられていたものだとのこと。何度も盗掘に遭ったということで、石牌に記された戟はありませんが、そのいわば「名札」だけが残っていたようです。
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 展覧会は、やっぱり疲れます。考えてみれば、2時間余り立ちっぱなしでうろうろしていたわけですから、当然かもしれません。しかし、読み物で想像をめぐらして楽しんできたものが、そのほんの一部でも当時のものを目の当たりにできるのですから、ありがたいことでした。

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