「内閣調査室秘録」を読む

 アメリカの国家安全保障局(NSA)による無差別・大量監視の実態、およびその技術が日本政府にも提供されていた事実を暴露したエドワード・スノーデン氏の報告などを中心とする2冊(「スノーデン 日本への警告」「スノーデン 監視大国日本を語る」<いずれも、集英社新書>)に触発される形で、「内閣調査室秘録」(志垣民郎著、岸俊光編、文春新書)を興味深く読みました。
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 著者の志垣民郎(しがきみんろう)氏は、内調=内閣総理大臣官房調査室(1986年に内閣情報調査室に名称変更)に草創期の1952年から78年まで勤務した、いわば内調内部の人間です。

 1952年、単独講和を前にして、当時、吉田首相の秘書官だった村井順が「独立するからには、日本にもCIA(米中央情報局)のような情報機関が是非必要である」と吉田に提案。村井のもと、志垣氏を含めたわずか4人のメンバーでスタートします。村井は、元内務・警察官僚。戦後は、特高に代わる警備警察創設の中心となり、退官後は、日本で最初の警備会社綜合警備保障(ALSOK)を創業しました。

 内調の組織は、6部制だったようで、志垣はその柱として、第五部(学者)、第三部(弘報関係)、第一部(治安、労働、経済)の主幹(キャップ)を歴任します。その志垣のもとには、膨大な日記が残されていて、今回、氏の回想とともに公表されたものです。

 回想部分には、もちろん違法行為ですが謀略的な「選挙の応援」、日教組対策、進歩的文化人への攻撃、50日間にもわたる米CIAからの招待研修、永井陽之助や蠟山道雄などに委嘱した「核武装研究」等々が、当時の日記とともに書かれています。

 とりわけ、膨大な日記部分の大半を占めるのが、第五部=学者・知識人への工作。委託研究の名で、金をつかませ、学者たちを囲っていきます。氏の現役時代を通じて、その対象になった学者・知識人は、京都大学の会田雄次や加藤寛(千葉商大学長)、高坂正堯、香山健一、林健太郎などなど、なるほどと思う人物とともに、社会心理学の石川義弘や社会学の見田宗介など、私の学生時代に講演を聞いたり著書を読んだりした者の名前があったのには多少驚きました。あの「ビルマの竪琴」の竹山道夫や村松剛、黒川紀章など、作家や建築家まで、127人もの数に上っています。

 東大生のなかに、人材を育てるために資金援助をしていた工作の実態(そのなかに、初代の内閣安全保障室長、のちにマスコミの寵児にもなった佐々淳行などがいる)も日記には、あからさまに書かれています。

 ただ、治安・労働・経済など第一部に関するものは、質量ともに薄く、まだまだ明らかにされていない部分があるのではないでしょうか。

あの鶴見俊輔に、公職追放解除申請書を提供したなどというのもあって、雑誌「経済」に掲載された日本共産党副委員長だった故・上田耕一郎さんと鶴見俊輔さんの対談なども引用されていました。たいへんおもしろく読みました。志垣氏のご尊父は、志垣寛という生活綴方運動の指導者の一人で、上田・不破兄弟のご尊父・上田庄三郎さんとは、ずいぶん親しかったようです。ちなみに、俳優の志垣太郎は、甥御さんとのことです。

 内調は、もちろんその規模と機能を飛躍的に強化させつつ現在も活動中で、第二次安倍内閣が発足した2012年末から2017年1月末までの4年余りの新聞に掲載された首相動静の集計によると、首相との面会回数のトップは、内調トップ=内閣情報官の北村滋氏だとのこと。659回という面回数は、4位の菅義偉官房長官の323回の二倍以上に達しています。安倍首相がいかに内調とその活動を重視しているかを如実に示す数字であり、安倍内閣は、文字通り日本版CIA内閣だといえそうです。

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