「『渡政』生誕・墓所の地」、「赤旗」旅欄にツルシカズヒコさん

 「しんぶん赤旗」の旅欄。ツルシカズヒコさん(文章)と奥様のワタナベコウさん(イラスト)のコンビによる記事をいつも楽しみにしている。今日はそのお二人が、千葉県は市川市、私たちの大先達である渡辺政之輔(1899~1928年)ゆかりの地を訪ねた記事が掲載された。
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 「渡政」の愛称で親しまれた渡辺政之輔は、市川市に生まれ、小学校卒業後、日本橋の酒店に奉公。1917年に家族とともに東京に移住し、亀戸のセルロイド工場で働くようになる。「以後、南葛(旧南葛飾郡)地域の労働者の組織化をはじめ、日本労働組合評議会などの中心人物として活動」「22年には創立直後の日本共産党に入党、中央委員や委員長を務め」た。(ツルシさんの記事から)

 あの小林多喜二が、上京直後に渡政と南葛労働会、亀戸事件の事績を訪ね、その後の作品に結実させたほど、渡政らの築いたたたかう労働運動、「南葛魂」と呼ばれたそれは、日本の運動の中心になった。しかし、1928年10月6日、党務で上海に渡っての帰途、台湾のキールンで警官隊に襲われ、自ら命を絶った。

 生家に近い安国院というお寺に、渡政はお母さんのてうさんとともに眠っている。毎年、命日の前後にそこで「渡辺政之輔を偲ぶ会」のみなさんが墓前祭をおこなっており、治安維持法国賠同盟千葉県本部も参加している。今回の旅のご案内も、「偲ぶ会」の阿部武弘さん、治安維持法国賠同盟の藤田廣登さんが務めている。
DSC04142 (3).JPG   写真   ツルシさんの奥様、ワタナベコウさんのイラスト
 ツルシさんがこの地を訪問先に選んだきっかけは、わが治安維持法国賠同盟千葉県本部が発行した「戦前の日本共産党と渡辺政之輔」(土井洋彦 著)を読んだことだというからうれしい。同書は、渡政没後90周年に、日本共産党中央委員会、学術・文化委員会責任者土井洋彦さんをお招きして記念講演をしていただいた、その講演録をもとにしたもの。早口の講演のテープ起こしに苦労したことを思い出す。

 旅欄の「おことわり」に、コロナで外出自粛要請が続くなか、「当分の間、紙面でお楽しみください」とあった。落ち着いたら、また訪ねてみたいと思っている。

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