治安維持法国賠同盟の機関誌「不屈」の発送など

今日は、治安維持法国賠同盟(治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟)の機関誌「不屈」の発送日。中央本部の諸会議や国会請願行動なども、新型コロナの影響で、すべて中止や延期。もちろん千葉県本部の理事会も中止が続いています。しかし、毎月の機関誌の発送は中止するわけにはいきません。

例によって、中央本部版と千葉県版を組み合わせ、帯封を巻き、あて名シールを貼り付けていきます。作業は、お互いに適当に距離を取って、黙々と進みました。

 手配りの分を仕分けして、あとは近くの郵便局へ。昼食後は、小松敦事務局次長の進行で三役会議。詳細なレジュメと資料が用意されるようになり、したがって、会議の時間も長くなりました。
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 恥ずかしい話ですが、この間、千葉県本部の組織管理の恐るべき杜撰さが明らかになり、煩瑣な作業でしたが、思い切って会員名簿の整理を行った結果、実体のない会員が相当数いることが明らかになりました。これは三役を中心とする役員の責任。何とか取り返そうと奮闘した結果、4月1日までの短期間に40名の会員拡大ができました。

 さらにその後、11人の会員を増やすことができました。今月中には、なんとか最高の現勢を取り返したいと思っています。(あと20名ほど)

 今月の「不屈」中央版にも、こうした取り組みについての小松敦事務局次長のレポートが掲載されています。

 小説「1928年3月15日」で、当時の特高警察を中心とした絶対主義的天皇制の言語に絶する暴力的思想弾圧を告発した小林多喜二が、小説で描いたような残虐な拷問によって虐殺されたのが1933年でした。いま、わが同盟の理事でもある藤田廣登さんの著書「時代の証言者 伊藤千代子」を原作に映画化(仮題「伊藤千代子の生涯」)がすすめらけていますが、千代子は1929年、獄中で拘禁性の精神病を病み、1929年に24歳の生涯を閉じました。さらに、千葉県出身の飯島喜美は、1933年に獄死させられています。

 中国大陸への侵略から、アジア・太平洋戦争へと続く戦争の時代、その露払いのように徹底的な思想弾圧が行われました。その中心にあったのが、治安維持法でした。それからおよそ100年が経とうとしているいま、しかも、安倍政権のもとで、秘密保護法や現代の治安維持法といわれる共謀罪、さらには9条改憲が狙われています。三権分立をぶち壊して、何をやっても罪に問われないようにするために検察庁法の改定まで強行しようとしています。

 それだけに、「再び、戦争と暗黒政治を許さない」治安維持法国賠同盟の果たすべき役割は重大です。同盟は、この2020年代を治安維持法体制に歴史的決着をつける時代と位置付けて、さらに組織と運動を大きく育てていきたいと考えています。国に治安維持法が人権抑圧の悪法であったと認めさせ、治安維持法の犠牲者に謝罪と賠償を行わせていきたいと考えています。みなさんのご理解とご協力を切にお願いいたします。