五十嵐投手(ヤクルト)お疲れさまでした

 昨日、日米球界で活躍したヤクルトスワローズの五十嵐亮太投手が今季限りでの現役引退を表明した。今朝の「しんぶん赤旗」も、「『本当に幸せだった』」「ヤクルト五十嵐 引退会見」「救援一筋 日米905試合」と報じた。
DSC04643 (2).JPG   16日付の「しんぶん赤旗」スポーツ欄

 実はこの五十嵐君は、うちの奥さんの教え子だ。千葉市立柏井小学校の5年生、6年生を担任した。

 五十嵐君が、6年生の時に「春の絵を描く会」での作品が、いまも花見川区役所の玄関前の壁を飾っている。ちょうど千葉市が政令市になるときで、募集に応じて五十嵐君の作品を提出したのだとか。今はクレパスでゴッホの模写などをし、「画伯」と呼ばれるほどの絵の腕前だが、その才能は、すでに小学生のころから発揮されていたようだ。
DSC04645.JPG   五十嵐君の絵がタイルになって展示されている花見川区役所玄関前の壁面
DSC04647 (2).JPG   五十嵐君の作品

 敬愛学園高校に進学。甲子園の夢は叶わなかったが、1997年度のドラフト会議でヤクルトスワローズから2位で指名を受けた。その日、五十嵐君から電話があった。「先生いますか?」と弾むような声。残念ながら奥さんは留守。私は、たまたまその日のドラフト会議をテレビで見ていた。「五十嵐君、よかったねー。すごいねー。頑張ってね。」「はい、ありがとうございます。」そんな会話を交わした。

 その五十嵐君が、厳しいプロの世界で23年間も、しかも日米通算905試合に登板する活躍をするとは、失礼ながらその時は思いもしなかった。まだ中学生の頃だろうか、私の県議選の宣伝カーを、小松先生の旦那さんだと知って、友だち数人と自転車で追いかけてきたりしていたものだ。そんなイメージが強かった。

 プロに入ってのシーズンオフ。その五十嵐君が、妻の転任先の学校へ訪ねてきたことがあった。かっこいい赤の車で乗りつけたのだとか。妻に、可愛いマフラーのプレゼントを持ってきてくれたのだ。「無駄遣いするんじゃないよ」私たちとは桁違いの年収を手にするようになったプロ野球の選手に元担任は、そんな言葉をかけたという。
DSC04652 (2).JPG   五十嵐君から妻へのプレゼントのマフラー
 「しんぶん赤旗」によれば、会見に涙はなく、「もうたくさん泣いてきた」と笑顔だったという。引退後も野球に携わりたい意向を示したという。現役選手としては引退だが、まだ41歳。人生半ばに差し掛かったところだ。これからの活躍を見守りたい。とにもかくにも、お疲れさまでした。