「東日本大震災から10年」に思う


 早いもので、東日本大震災から10年が経つ。あの日は、千葉県議会の最終日だった。まだ議案に対する討論や採決が残っていた。突然の大きな揺れに、議場がざわめいた。「議長、休憩を宣言しろ!」と、誰かが怒鳴った。議長席を降りながら議長が「休憩!」と叫ぶと、議員たちはいっせいに議場を飛び出した。

 議会棟の6・7階にある議場は、耐震改修が済んだばかりだった。私は、ここがつぶれるようなら、逃げても意味がないと、議場に残った。天井と壁が5~60センチもズレて動いていた。天井からは、ばらばらと埃のようなものが落ちてくる。照明の下を避けて、立ったままそれらを見ていた。
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   炎上・爆発したコスモ石油のタンク群

 東京湾岸のコンビナートでは、コスモ石油の製油所ガスタンクが炎上・爆発した。これも安全より効率・利潤を優先したずさんな管理が原因だった。配管が破断しても、「緊急遮断弁」が作動すれば、ガス供給が止まり、あれほどの事故にはならなかった。その「緊急遮断弁」に不具合があり、出荷作業に支障が出るというので、修理するのではなく、遮断弁そのものが働かないようにピンでとめていたことがわかった。その後、求められて「議会と自治体」誌(日本共産党発行の月刊誌)に一文を寄せたりした。
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「議会と自治体」誌

 一度だけだったが、車3台に支援物資を載せて、宮城県にボランティアにも行った。原発事故で、無人の街になった地域を視察にも行った。10年経って、原発事故の始末の展望は見えてこない。未だに、故郷・家に帰れない人々がたくさんいる。放射能に汚染された地域には、復興すら許されていないのだ。
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ボランティアで仮設住宅の皆さんに支援物資を届ける

 安全神話を垂れ流し、津波に対する警鐘も無視し続け、ただただ利潤追求にひた走った東電、それを後押しした政府の責任は、極めて重い。さらに、フクシマ後も、世界の流れに逆らって原発に固執し続けている政府と企業の無責任は、罪でさえある。
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「宮城県原子力防災対策センター」の惨状