高江・辺野古・伊江島で学習・交流(花見川区革新懇、沖縄支援ツアー報告その2)

17.04.07
 花見川区革新懇の沖縄支援ツアー、二日目(4月3日)。

 8時過ぎには名護のホテルを出発。眠い目をこすりながら、東村高江へと向かいました。昨年お邪魔したテントは、工事強行で撤去され、道路の反対側へ移設されていました。テントを守る現地の人の話を伺い、カンパをお渡ししました。
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   写真   高江のテントで、参加者を代表してカンパを渡す寺尾さとし県議
 基地のフェンス寄りの高台から見ると、昨年は、人ひとりがやっとという工事現場へと続く道が、拡幅されて砂利が敷かれていました。そこからは、オスプレイパッドの工事現場を見通すことはできませんが、安倍政権の強引なやり口にふつふつと怒りが沸き起こります。
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   写真   「警備」の最前線に立つ民間警備会社の社員(右側、ゲート前)
 互いの奮闘を誓い合い、バスに乗り込み、辺野古へと向かいました。途中、大浦湾の対岸から、埋め立てのための調査が行われている海域を視察しました。何の根拠もないまま、勝手にフロートで海を囲んだその中で、大きな作業船によってボーリング調査が強行されているようでした。ちなみに、フロートには、昨年まではなかった杭が取り付けられていました。フロートを乗り越えて中に入れないように、ということでしょう。そのフロートの一つひとつが3万円もすると聞いて、また腹が立ちました。
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 辺野古漁港に着くと、すぐに座り込みの人が状況を説明してくれます。お話を伺ったあと、ヘリ基地反対協議会にカンパを渡し、全員で記念撮影をしました。
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   写真   参加者を代表してカンパを渡す、右から寺尾さとし県議、佐々木ゆうき千葉市議、中村きみえ千葉市議。
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 その後、平和ガイドの下地さんの案内で、基地のフェンス際まで移動。フェンスには、ここを訪れた様々な団体や個人の基地撤去を求める張り紙・布などが結び付けられています。
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 伊江島へ渡るフェリーの時間の関係で、ゲート前での座り込みは割愛し、本部港へと向かいました。
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   写真   どこからでもよく見える伊江島の城山(ぐすくやま)
 翌朝、三日目。伊江島島内の視察です。最初に訪れたのが、井上ひさし原案でこまつ座が上演した「木の上の軍隊」の現場。ガジュマルの大木です。戦争が終わってから2年間、それと知らずにガジュマルの上に隠れ、援軍が来るまではと戦争を継続し続けた二人の兵隊の物語です。「ずいぶん枝が切り払われてしまって、当時の面影はない」とガイドの下地さんは言いましたが、初めて見る私たちにとっては、身を隠すには十分と思われました。
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 伊江島でも、米軍による無法な土地取り上げに反対して、住民たちは粘り強くしたたかにたたかいぬきました。その象徴として、今も残る「団結道場」に立ち寄り、米軍基地のフェンス際までバスで移動。強化されつつある伊江島の基地の実態について、下地さんの説明を聞きました。基地内の滑走路には、強襲揚陸艦の絵が描かれていて、そこでオスプレイの離発着訓練が行われているとのことでした。
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   写真   団結道場
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   写真   滑走路には、強襲揚陸艦の絵が描かれている。オスプレイはやはり、殴り込み部隊の兵器です。
 続いて、「ヌチドゥタカラの家 反戦平和資料館」を訪問しました。「資料館」には、生涯を平和運動に捧げ、「沖縄のガンジー」と呼ばれた故・阿波根昌鴻(あはごん しょうこう)さんが収集・保管してきた貴重な記録や資料の一部が展示されています。阿波根さんの養女で、館長の謝花悦子さんのお話を伺うこともできました。隣接した食堂で、地元の野菜をふんだんに活用したお昼をいただきました。そのおいしかったこと。
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 おなかを落ち着かせる暇もなく、伊江港から再びフェリーで本部へと戻ります。そして、キャンプシュワブのゲート前へ。座り込みです。

 また、長くなりました。ここから先は、また後日の報告とします。

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