「しんぶん赤旗」国賠同盟の申し入れを掲載


 今日の「しんぶん赤旗」首都圏版に、一昨日の治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟千葉県本部の県教委への申し入れの記事が、写真付きで掲載された。

 「育鵬社採択撤回して」「千葉 国賠同盟が県に求める」という見出し。2段組みの小さな記事だが、国賠同盟の地味な活動が紹介されるのは、ありがたくうれしいことだ。
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 記事を見た方や私のブログ、フェイスブックを見た方から、激励をいただいたし、とりわけ、戦前の千葉県出身の女性活動家で24歳で獄死した飯島喜美の生涯を掘り起こした「飯島喜美の不屈の青春」(国賠同盟千葉県本部発行、1500円)の著者でもある玉川寛治さんの発言=戦後教育のスタートが、教科書に墨を塗ることだった、育鵬社の歴史・公民教科書は、その墨で消した部分を復活させるものだ=という指摘には、大きな反響があった。

 国賠同盟の千葉県本部は、まだまだヨチヨチ歩きだが、「再び戦争と暗黒政治を許さない」ために、これからも地道な活動を展開していきたい。小林多喜二や飯島喜美など、先人たちのたたかいとその思いを引き継ぎ、平和で民主的な憲法の生きる社会を築くために、ぜひ、一人でも多くの方に入会していただければと思う。

安倍首相辞任とメディア

 安倍首相が辞意を表明した。健康上の理由だ。きわめて残念な気がする。選挙で厳しい審判を下し、そのうえで退陣へと追い込みたかった。

 記者会見に先立って、NHKテレビでは、まるで安倍首相が亡くなったのかと思わせるほどの持ち上げ報道が延々と流された。

 記者会見で首相は、在任中の消費税の5%から8%、さらに10%への引き上げによる暮らしと経済への影響、先進国のなかで唯一労働者の賃金が上がらなかった国、したがって経済成長の止まった国にしてしまった責任にも、森友・加計疑惑や桜を見る会、検察の問題等々、みずからにかけられた様々な疑惑にも何一つ触れることはなかった。
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 驚いたのは、その後の官邸記者たちの質問だ。まるで示しあわせたかのような、痛くもかゆくもないような質問が繰り返された。最後に近くなって、ようやく首相とメディアの関係に触れる質問をする記者がいたり、西日本新聞の女性記者が、森友・加計問題や桜を見る会などの政治の私物化という点に触れたりした。もちろん、首相の答弁は「あってはならないこと」などと、他人事で逃げた。

 それにしても、日本の政治を劣化させてきたのには、こうしたメディアの姿勢が大きく与っているのではないか。いずれにしても、メディアのていたらくを立て直すのも私たち国民の見識と世論だ。心して臨みたい。

育鵬社版教科書採択で、国賠同盟千葉県本部が県教委に申し入れ


 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟千葉県本部(以下、国賠同盟)は今日、千葉県教育長に対し、「育鵬社版中学歴史・公民教科書の採択撤回とやり直しを求める」申し入れを行った。

 申し入れには、日本共産党の加藤英雄県議の立会いのもと、国賠同盟県本部三役および理事の6人が参加。教育委員会から、佐藤晴光学習指導課長、神かほる副課長らが対応した。
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 「申し入れ」は、千葉県が千葉・東葛の二つの県立中学校で来年度から使用する歴史と公民の教科書に育鵬社版を採択したことに強く抗議するもの。採択に至る経過や教科ごとの採択でなく、全教科を一括で採択するという不透明・不可解なやり方を厳しく批判。育鵬社版歴史教科書が、アジア太平洋戦争を「自存自衛」「アジアの国々を欧米による植民地から解放」などと事実をゆがめて描いていること、また公民教科書では、憲法9条について、「1項、2項を残しつつ、自衛隊を明文で書き込む」などという改憲派の主張をそのまま紹介するなど改憲への誘導ともとれる記述になっていることを指摘。戦前の治安維持法下で不当に弾圧された犠牲者への謝罪と賠償、再び戦争と暗黒政治を許すなと活動している国賠同盟として、決して許せないとする内容だ。
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申し入れでは、私から国賠同盟の組織・活動の概要や「申し入れ」の趣旨などを説明。理事の玉川寛治さん(「飯島喜美の不屈の青春」著者)や寺尾さとし前県議らが発言した。

 玉川さんは、戦争が終わって、学校での最初の作業が教科書を墨で黒く塗ることだったと、みずからの体験を紹介、育鵬社の教科書は、その墨で消した部分を復活させるもので、とうてい見過ごすわけにはいかないと主張した。

 寺尾さとし前県議も、教科書採択にかかわる不透明な経過を批判した。

 佐藤指導課長は、こちら側の指摘をうなずきながら聞くだけで、とくに見解を述べることはなかったが、「教科書と教育を考える県民の会」や「自由法曹団」などに続くこうした市民団体の運動が、現場の教職員の意向をよく反映した、開かれたまともな教科書採択につながっていくことを切に期待したい。

「オスプレイいらない」花見川区革新懇が学習集会

 今日の「しんぶん赤旗」の2面。陸上自衛隊木更津駐屯地に「暫定配備」された垂直離着陸機Ⅴ22オスプレイが、11月ごろから関東一帯の上空で操縦訓練を行うと伝えた。
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 この7月に木更津に到着した陸自オスプレイは、9月ごろから試験飛行を始め、その後にホバリングや離着陸訓練を実施するとのこと。当面は、木更津駐屯地のほか東京湾南部上空や相模湾上空、周辺海域などで行われる。11月ごろからは、事前に決めた経路や飛行時間、飛行高度とおりに目的地まで飛行する操縦技術を習得する訓練などを始め、飛行範囲を広げるという。

 北関東防衛局は、千葉県の習志野のほか、群馬県の相馬原、新潟県の関山などの各演習場に飛行することもあるとしている。

 今でさえ、習志野基地を飛び立った軍用ヘリが東京湾方面に向けて、あるいは、逆に東京湾から習志野基地へ向けて、私たちの暮らす花見川区の上空を低空で行き来している。花見川が進入経路の目安に使われているからだ。窓を開けているとテレビの音も聞こえなくなる。

 花見川団地方面では、習志野基地で行われる落下傘の降下訓練のヘリが、団地のあたりで基地の方向へと回転していく。最近、団地に引っ越してきた方がその騒音に驚いて、何とかならないかと相談を持ち掛けられた。

 そのうえ、オスプレイが飛ぶようになったら、その騒音で私たちの日常は間違いなく壊されていく。しかも、常に事故の危険にさらされることになる。

 黙っているわけにはいかない。花見川区革新懇として、「まずは学習を」と、日本共産党の基地対策委員会責任者の小泉親司さんをお招きして、学習集会を開催することにした(千葉市革新懇と共催)。9月12日(土)の午後2:00~4:00、場所は花見川団地そばの花島コミュニティーセンターだが、コロナ禍で、参加者は100人までに絞らざるを得なかった。感染対策をして、ぜひ、ご参加を!
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西部地区の党学校「習志野教室」で「党史」の講義

 今日は、日本共産党の西部地区の党学校。「習志野教室」ということで「党史」の講義をした。西部地区には数年前に、船橋や八千代市に、やはり「綱領」や「党史」の講義でお邪魔したことがある。

 「危険」な猛暑のなか、重い書籍や資料を詰めたリュックとバッグを担いで汗だくで会場に着いた。

 1時からということだったが、会場が開いたのが1時。講義が始まったのは、15分くらい経過してからだったろうか。それから4時45分くらいまで、途中2度の休憩や質問、感想を書く時間を含めて3時間半ほど。その時間で98年になる党の開拓と苦闘の歴史を語るのは、なかなか難しい。
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 それでも寄せられた感想は、あたたかい励みになるものだった。いくつかを紹介する。

 「わかりやすかった。」
 「本日の話は、おもしろかった。復習しながら再確認でき、頭の整理ができました。ありがとうございました。」
 「全体として、よく理解できました。50年問題と朝鮮戦争など、スターリンとの関係での“アジアでの第二戦線”との関係でよく理解できました。」
 「はじまりがとても小さな党だったものが、いろいろな弾圧の中で強くなっていく様子がよくわかりました。」
と、おおむね理解していただける内容だったようだ。
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 また
 「ソ連の干渉主義との闘いの頃、入党したことを思い出しました。何事にも屈せずに現在に至る日本共産党の一員でいることに誇りを持てます。」
 「戦前から長い党史について、短時間で知らせることは大変であったと思います。レジュメと資料も詳細に記載されているので、時間をかけて読んでみたいと思います。紆余曲折した共産党のれきしのふかさや重みを感じました。」
 「お持ちいただいた何冊もの内容をレジュメにまとめ、さらに笑いを入れてお話しいただきありがとうございました。これまでの理論づくりの中核になった党員の方々のすばらしさに改めて感動しました。」
等々と、長い党史に誇りと感動を覚えてくれているのもうれしいことだ。
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 さらに、
 「政治の弁証法。しっかり頭に刻み込み、これからの選挙もたちむかいたい。」
 「すごくおもしろかったです。ベトナム戦争の時代に生まれたので、党の歴史は座学でしか学べません。こんなに楽しく学べるなら、何度でも勉強したいです。」
など、今後のたたかいや学習への意欲につながっているのも、講師冥利だ。

 9月には、同じ西部地区の「船橋教室」が待っている。さらに練り上げて、効率のいい講義をめざしたい。

「市民アクション花見川」の19行動

 今日は、「市民アクション花見川」の19行動。午後5時半からの一時間、JR幕張駅には12人の仲間が参集した。いうまでもなく、あの「戦争法」(安保関連法)が強行された2015年9月19日の怒りを忘れないための取り組みでもある。

 連日の「危険」な猛暑はやや影を潜めたとはいえ、マスクをしての署名の呼びかけはやはりきつい。あわせて「千葉2区市民連合」のチラシを撒いた。例によって、交替でマイクを握る。
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 日本共産党の寺尾さとし前県議からバトンを受けて、私も最後にマイクを握った。麻生派の資金集めのパーティーに動画メッセージを寄せた安倍氏は「憲法改正への挑戦の歩みを止めるわけにはいかない」などと、改めて改憲への執念を見せた。麻生氏も、憲法53条の規定に基づく野党の国会開会要求に背を向けたまま、新型コロナをだしに、緊急事態条項の創設など改憲論議こそ「もっとも急を要するテーマだ」とうそぶいた。改憲発議の危険は、依然として大きい。しかし、改憲派が国会の三分の二を持っていたときも、私たちの声、署名の力が改憲発議を許さなかった。皆さんの平和の願いを署名に、などと訴えた。
DSC04321 (2).JPG   訴える日本共産党の寺尾さとし前県議・衆議院千葉2区予定候補

 なかなか足は止まらないが、それでも女子高生の二人を含め、10筆の署名が寄せられた。草の根の、粘り強い運動が、改憲派を追い詰める。

元千葉市議、中村敏夫さんの通夜

 日本共産党の元千葉市議会議員中村敏夫さんがお亡くなりになり、今日、通夜が営まれた。90歳だった。コロナの影響もあり、家族葬でということだったが、市議時代の同僚議員などとともに参列させていただいた。

 中村敏夫さんは、6期24年千葉市議を務めた後、年金者組合やAALAなどでも活躍された。後任は、息子さんのお嫁さん、中村きみえさんが引き継いだ。その中村きみえ市議も今期でもう6期目を数える。

 喪主のあいさつのなかで息子さんは、「俺が俺がという性格なので、きっと皆さんにいろいろ迷惑をかけたのではないか。この場を借りて、お詫びしたい」などと述べた。お通夜でなければ、きっとみなさん大笑いしたのではないか。確かに個性の強い人だったが、明るくエネルギッシュに仕事や任務をこなしていく姿勢には、いつも感心させられた。

 周りが恥ずかしくなるくらい奥さんを愛し、頼りにしていた人だった。その奥さんを亡くしてからは、ずいぶん寂しかったに違いない。

 「これでKさん(奥さん)のところへ行けるね」
 だいぶ痩せてしまった棺のなかの敏夫さんに、若いころからの同志たちが声をかけていた。

敏夫さん、お疲れさまでした。奥さんと一緒にゆっくり休んでください。

改憲許さぬ!「市民アクション花見川」の19日行動

 「安倍9条改憲NO!市民アクション花見川」のニュースが届いた。毎月取り組まれている19日行動のお知らせだ。今月も、17:30~18:30JR幕張駅の南口で行われる。
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 報道されているように、昨日の終戦記念日にあたり、武市早苗総務相、萩生田光一文科相、小泉進次郎環境相、衛藤晨一沖縄・北方担当相の4閣僚が、靖国神社に相次いで参拝した。現役閣僚による靖国参拝は、4年ぶりのことだ。

 靖国にまつられているのは、明治維新以降に天皇のために死んだ軍人・軍属だけであり、原爆などの民間犠牲者はまつられていない。靖国神社は、もともと旧陸・海軍両省が管理する軍事的宗教施設で、戦前・戦中、日本中の人々を戦争に動員する精神的支柱だった。(日本共産党小池晃書記局長の街頭演説から。16日付「しんぶん赤旗」)

 一方、安倍首相は全国戦没者追悼式で、昨年までは述べていた「歴史の教訓を深く胸に刻み」との文言を削った。第一次政権のときは、歴代首相と同様、アジア諸国民に与えた「多大な損害と苦痛」への「深い反省」との文言があったが、第二次政権後は言及しなくなり、ついに今年は、歴史から学ぶ姿勢を示す言葉まで削ってしまった。

 支持率低迷のなか、しかし7月に行われた麻生派の資金集めのパーティーに動画メッセージを寄せた安倍氏は「憲法改正への挑戦の歩みを止めるわけにはいかない」などと、改めて改憲への執念を見せた。

 麻生氏も、憲法53条の規定に基づく野党の国会開会要求に背を向けたまま、新型コロナをだしに、緊急事態条項の創設など改憲論議こそ「もっとも急を要するテーマだ」とうそぶいた。

 歴史から何一つ学ぼうとせず、再びこの国を誤らせようとしている輩に負けているわけにはいかない。憲法9条だけは手放してはならないという多くの国民の声と願い、アジアや世界の人々への責任からも、私たちの不断の努力が求められている。暑さに負けず、コロナに万全の注意を払いながら、頑張りたい。

終戦記念日、母の墓参で考えたこと

 終戦記念日の今日、横浜へ母の墓参りに出かけた。カーラジオからは、甲子園で行われている高校野球の実況が流れていた。コロナ禍で、中止になった春の選抜校による交流戦だ。今年の球児は、本当に気の毒だが、それでも何とか代替措置が取られている。戦争中の球児・野球人からは、すべてが奪われた。

 横浜の霊園に眠る母は、終戦時、33歳だったはずだ。開戦の年に誕生した兄は、4歳になっていた。父は、30代半ばの老兵として召集されていた。母の青春は、暗黒政治と戦争に暗く塗りこめられたものだったのだろう。
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 しかし、日本の軍国主義によって犠牲を強いられたのは、もちろん日本の国民だけではなかった。海外の領土と資源、利権の拡大を狙って始めた日本の侵略戦争は、300万人を超える国民の命とともに2000万人を超えるアジアの人々の命を奪った。

 終戦記念日にあたっての日本共産党・小池晃書記局長の談話も、だからこそ「日本軍国主義による侵略戦争と植民地支配の犠牲となった内外の人々に深い哀悼の意を表します」と始まっている。(8/15付「しんぶん赤旗」2面)この視点が、大事なのだと改めて思った。
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 「しんぶん赤旗」3面には、「戦後75年 いま問われるのは」という特集で、明治大学教授の山田朗さんのコメントが掲載されている。山田さんは、「日本ではどうしても『終戦』が中心で、植民地支配、侵略による占領地支配が終わったという認識は、戦後必ずしも多数派になりませんでした。まだ私たちの記憶には欠落部分があるということです。」と語る。

 そして2015年の「安倍談話」を引き合いに、「朝鮮半島や中国への膨張政策、侵略と植民地支配が、対英米戦争という形で帰結したという戦争の連続性、段階性の認識を安倍政権は認めていない」と告発。
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 さらに、被害の記憶を語り継ぐことは大切なことだが、「被害のことだけではなく、加害の問題を意識的に残していこうとしないと、政治的な圧力もあり、たちまちのうちになかったことになってしまいます。」「日本が戦争の歴史から未来への知恵を学ぼうとするならば、加害の歴史こそ意識的に学ばないといけません。」と締めくくっている。

 侵略戦争と植民地支配の加害の歴史を学ぶための記念館や資料館が、どうしても必要なのではないか。こうした視点を持つ政治へと転換していくことが、アジアをはじめ諸外国に真に信頼される国になるために、必要なのではないか。そしてそれこそが、日本がアジアの平和と安定に大きな役割を発揮していく、憲法に明記した私たちの誇りある道なのではないか。

 終戦記念日の墓参で、母の人生を考えながら、改めてそんなことを思った。

猛暑のなか、千葉2区市民連合の世話人会

 お盆休みのさなか、今日は千葉2区市民連合の世話人会。午前中からの猛暑のなか、10人が参集。例によって、佐藤事務局長の司会で、この間の各地域の取り組みの報告から始まった。

 協議では、前回、雨天で中止になった宣伝・署名行動について、改めて9月6日(日)10:30~JR津田沼駅南口デッキで実施することが決まった。
DSC04307 (2).JPG   宣伝で使うチラシ

 また、千葉県市民連合が主催する中野晃一上智大教授(市民連合呼びかけ人)を招いてのオンライン学習会(8/30)の取り組みについて。さらに、千葉2区から立候補を予定している立憲野党の予定候補との懇談についても話し合われた。

 千葉2区(習志野市・八千代市・千葉市花見川区)からは、いち早く日本共産党の寺尾さとし前県議が立候補の記者会見を行なった。すでにポスターが掲示されるなど、その活動が始まっている。加えて、最近になって、立憲民主党から黒田ゆう氏(元・衆議院議員)が立候補の動きを見せている。

 2区市民連合としては、ぜひ候補者の一本化をと考えているが、そして、それぞれの政党に早い段階での調整を期待しているが、とりあえず、お二方とそれぞれ懇談の場を設けることにして、調整を図ってきた。
DSC04306 (2).JPG   千葉2区市民連合の政策要求(5本の柱、24項目)

 その結果、日本共産党の寺尾さとし氏とは、8月28日の午後に、黒田ゆう氏とは、29日午後に、ということになった。安倍政権に代わる野党の連合政権構想について、市民連合との13項目にわたる政策合意に基づく共通政策の策定、もちろん千葉2区市民連合との政策協定の締結等々が話題になるはずだ。

 いずれにせよ、私たち市民連合の組織と運動をさらに何倍にも大きく活発にしていかなければならない。コロナや暑さに負けていられない。

「香港国家安全維持法」は、「治安維持法」と同じ


 今日は、治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟の機関紙「不屈」の発送作業。中央本部と千葉県本部の「不屈」に加え、今回は映画「レッドパージ」(仮題、鶴見昌彦監督)の制作支援のリーフなどを折り込んだ。
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 だいぶ手間と重量が嵩んだが、6人の共同作業で、午前中には終了した。作業中、当然のように香港での人権抑圧、「香港国家安全維持法」による周庭さんらの逮捕が話題になった。文字通り、日本の戦前の弾圧法、私たち同盟が、今なお国に対しその犠牲者への謝罪と賠償、弾圧の実態の調査を求め活動を続けている「治安維持法」とそれによる弾圧と重なるからだ。

 周庭さんをはじめ逮捕されたのは、中国政府への批判的論調で知られる「リンゴ日報」創刊者の黎智英さんら10人。一体、なんで逮捕されなければならないのか、どんな罪があるというのか、本人たちにもわからないまま逮捕され、その口と行動をふさぐというやり方も、治安維持法と同じだ。

 とにかく政府に批判的なものは、有無を言わせず弾圧・勾留する。その人権を抑圧して省みない。

 日本共産党の志位和夫委員長は昨日、周庭さんらの逮捕に「強く抗議する。弾圧の即時中止、釈放を強く要求する」「こうした暴挙は『社会主義』とは全く無縁の専制主義そのものだ。人権抑圧は国際問題であり、国際社会が暴挙を許さない声を上げることを訴える。」というコメントを発表した。

 また7月2日には、「香港独立」という旗を持っているだけで逮捕されていることに触れ、「戦前の治安維持法と同じであり、言語道断の弾圧法だ」とも批判している。

 私たち、治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟も過日、増本一彦中央本部会長名で「香港国家安全維持法」を厳しく批判する声明を発表した。声明は、同法について、「処罰の対象は、国家分裂、政権転覆、テロ活動、外国勢力と結託し国家の安全に危害を加える行為の四つの犯罪類型であるが、どれもが抽象的で乱用のおそれが強く国際法が定律している『罪刑法定主義に反するものである。香港行政府は『国家安定維持委員会』を設立し、新たな治安機関として、市民の行動の監視や調査、規制などを担うことになり、かつての日本の『特別高等警察』的役割を果たすことになる』と指摘した。

 それにつけても情けないのは、日本政府の姿勢だ。一連の事態に、菅官房長官が「重大な懸念」を表明しただけだ。これに対し、日本共産党の小池晃書記局長が「ただ“懸念がある”と言って見ているだけで済ませるのではなく、今回の一連の事態に厳しく抗議し、弾圧の中止と釈放を中国政府に対し要求すべきだ」と主張したのは、あまりにも当然だ。

 報道では周庭さんらは、一晩警察に留め置かれただけで、「保釈」となったようだが、それは当局が、国際的世論を恐れてのことだろう。今後また、どんな弾圧が加えられるか、国際的に監視していかなければならない。

 とにもかくにも、治安維持法体制とその弾圧による犠牲者の救済・名誉回復、そして二度と再びこうした暗黒政治を許さないためにたたかっている私たち、治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟として、香港で不屈にたたかう皆さんに心からの連帯と、ともにたたかう決意を表明する。

義姉の見舞いや墓参に妻の故郷へ


 今日は、難病で施設に入所している妻の姉の見舞いと墓参を兼ねて、茨城まで出かけた。

 猛烈な暑熱。妻の実家の近くにある墓地では、愛車に表示される外気温が38度にもなっていた。立っているだけで、ぽたぽたと汗がしたたり落ちる。

 花と線香を手向け、墓に水をかける。その水が、みるみる乾いていく。日本をこんな異常な気候にしてしまった資本主義、ほんの一部の巨大資本・投資家の利益を優先して、こんな地球にしてしまった新自由主義。温暖化は加速度を増しているように思える。
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 義姉の施設は、コロナ対策のために面会もかなり制限している。事前に面会時刻を予約し、面会時間も15分以内。施設内に入ることは許されず、ソーシャルディスタンスを確保するために、網戸越しの面会だ。

 施設は新しい小規模なもので、入所者を上回る職員がいるのだとか。ここだけは涼しい風が吹き抜ける。鶯をはじめ、小鳥のさえずりがよく響く。義姉は、思いのほか元気で、昔取った杵柄でピアノの稽古をしていると語っていた。職員に教えてくれる人もいるのだとか。ありがたい話だが、これで経営は大丈夫なのかと、心配になる。
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 私たちが安心して生きていける地球環境を守り、病気になったり年を取ったりしても安心して、自分らしく生きていける、そんな政治を実現しなければならない。日本の政治の変化は、世界に大きな影響を与えるはずだ。少なくとも、コロナ対策に、とりわけ医療や福祉の現場に支援が必要なときに、アメリカ言いなりに高額兵器を爆買いし、コロナ対策の事業にまで、お友達企業の利益を優先する、そんな政治を早く終わりにしなければならない。

「オスプレイ いらない」花見川区革新懇が宣伝・署名行動

 毎月10日は「NO オスプレイの日」ということで、花見川区革新懇としては、かなり久しぶりの宣伝・署名行動を行なった。言うのも嫌になるほどの暑さのなか、昼前の1時間弱。花見川団地そばのコープの前には、聴衆を含めて20人以上の人々が駆け付けた。

 自衛隊がアメリカから購入した垂直離着陸輸送機・オスプレイ。開発当初からの事故の連続で、危険な欠陥機であることは、その異様な爆音とともに、つとに知られている。事実、沖縄でも住宅地から数百メートルの海岸線に墜落。そのニュースは、大破した機体の衝撃的な映像とともに、記憶に新しい。
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 当初のオスプレイ配備予定地であった佐賀空港は、地元住民の粘り強い反対で見通しが立たず、配備先を失った防衛省は、自衛隊と米軍の共用基地のある木更津市に協力を要請。5年間の暫定配備ということで木更津市は受け入れてしまったが、5年後の見通しは立っておらず、このまま恒久配備になる可能性が高い。

 7月10日、陸上自衛隊の1機目のオスプレイが、木更津駐屯地に飛来し、配備が始まった。順次17機が配備されることになる。しかも、木更津駐屯地は、オスプレイの整備拠点としての機能も持つ。沖縄や東京の横田基地に所属する米陸海軍のオスプレイも定期的に飛来し、整備後には試験飛行を繰り返すことになる。
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 オスプレイの訓練は、習志野基地など、千葉はもちろん関東一円で行われることになる。今でさえ、習志野基地から東京湾方面に向かう、あるいは逆に習志野基地へと向かう軍用ヘリが、わが家の上空を頻繁に通過する。窓を開けていたら、もちろんテレビの音はかき消される。電話の最中なら、会話が途切れる。それにも増して「日本はいつからこんな軍事優先の国になったのか」という怒りが、腹の底からふつふつと湧いてくる。これにオスプレイの騒音と墜落の恐怖が加わったらと思うとぞっとする。

 日本共産党の寺尾さとし前県議・千葉二区予定候補をはじめ、交替でマイクを握る。買い物のお母さんに、チラシを渡しながら「オスプレイが千葉に来るんです。オスプレイって、知ってます?」というと、「はい、娘が沖縄にいるんです。いつも話は聞いてます。」とのこと。「この上を飛ぶようになったら困りますね」とお母さん。買い物袋にチラシをしまいながら、「暑いなか、お疲れ様ですね。頑張ってくださいね」と激励をいただいた。
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 最後に、私もマイクを握った。胸からスーッと汗が流れ落ちるのがわかる。文字通り、水を浴びたようだ。9月12日には、日本共産党中央委員会・基地対策委員会責任者の小泉親司氏を招いて、「オスプレイ配備撤回・訓練中止を求める学習集会」を、これは千葉市革新懇との共催で予定している。午後2時から4時、花島コミュニティーセンターの多目的室。お近くの方は、ぜひお越しください。
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「一日も早く核兵器禁止条約の署名・批准を」と長崎市長


 長崎の日の今日、原爆犠牲者慰霊平和祈念式典にテレビの前で参加した。原爆投下の11時02分、会場の人々ともに黙とう。鳴り響く鐘の音のなか、核兵器廃絶に微力を尽くすことを改めて誓った。
DSC04256 (2).JPG   平和宣言を読み上げる田上市長

 田上長崎市長は平和宣言の中で、世界各国の指導者に対して、来年予定されているNPT再検討会議で「核超大国である米露の核兵器削減など、実効性のある核軍縮の道筋を示すこと」を求めたうえで、日本政府と国会議員に対して、「核兵器の怖さを体験した国として、一日も早く核兵器禁止条約の署名・批准を実現すること」を求め、「『戦争をしない』という決意を込めた日本国憲法の平和の理念を永久に堅持してください。」と訴えた。
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 その後、グテーレス国連事務総長のあいさつが、中満泉事務次長によって読み上げられた。グテーレス事務総長は、「核兵器が利用されるリスクは高くなっています」と指摘。そのうえで、国際的な核軍縮体制を保持、強化しなければならないとし、「私は、新たにその重要な一部となる核兵器禁止条約の発効を心待ちにしています」と訴えた。

 さらに「国際連合が、勇敢な被爆者一人一人のメッセージを受け継いでいくことを誓います」と、事務総長としての決意を表明した。
DSC04272 (2).JPG   グテーレス事務総長のあいさつを代読する中満泉国連事務次長

 広島の日の6日。この日に合わせて、アフリカのナイジェリアなど3カ国が、核兵器禁止条約の批准書を国連に寄託した。これで批准した国は43カ国。発効に必要な50カ国まで残り7カ国となった。発効は時間の問題だし、世界の流れは明らかすぎるほど明らかだ。

 被爆地長崎の市長が、そして国際社会の代表が、一日も早くと訴え、心待ちにしているとした核兵器禁止条約について、しかし、当の日本政府の代表・安倍晋三氏は、一言も触れることがなかった。

 広島での被爆者との懇談でも、被爆者団体の皆さんの必死の訴えに背を向けた安倍氏。被爆国の首相として、平和憲法を持つ国の首相として、まったくふさわしくないというより、相いれない安倍氏には、「一日も早く」退陣していただく以外にない。私はその日を「心待ちにしている」だけでなく、そのために微力を尽くしたいと思っている。

「あずみの里」裁判、検察は上告やめよ

 今日の「しんぶん赤旗」14面。「『あずみの里』裁判 『上告やめよ』は現場の声 検察庁へ署名提出」との見出しが目についた。

 先月28日、長野県安曇野市の特養老人ホーム「あずみの里」で、入所者におやつのドーナツを与え、窒息で死亡させたとして業務上過失致死罪に問われた准看護師の控訴審で、東京高裁が、一審の罰金20万円の有罪判決を破棄、無罪を言い渡した。判決では、死亡した入所者は、「入所後からドーナツのほかまんじゅうやどら焼きなどを食べていたが窒息を招くような事態はなかった」とし、ドーナツを提供したことが「刑法上の注意義務に反するとはいえない」と、結論付けた。
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 記事は、准看護師の支援者らが都内で「検察は上告するな」と宣伝し、検察庁へ署名を提出したことを伝えている。上告期限は、11日とのこと。

 実は昨年5月、国民救援会と治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟の両千葉県本部主催の「歴史探訪の旅」で、私たちは「あずみの里」を訪ねていた。

 当時の投稿記事を採録する。

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≪今日8日は、まず「特養老人ホーム あずみの里」へ。職員で、「特養あずみの里業務上過失致死事件裁判で無罪を勝ち取る会」の手塚健太郎さんが出迎えてくれ、事件と裁判の経過について、説明をしてくれました。

 事件は、2013年12月12日のこと。食堂でおやつを食べていたKさん(85歳)が、ぐったりして意識を失っているのを他の介助で遅れて入ってきた介護職員が発見。職員による応急措置、救急隊による救急措置後、病院へ搬送。Kさんは、残念なことに翌2014年1月16日にお亡くなりになりました。Kさんが亡くなって半月後の2月1日には、遺族との間で示談が成立しました。

 ところが、不思議なことにKさんが亡くなって1年が経とうかという12月26日になって、突然、当該職員が在宅で起訴されるということになります。そして今年3月25日、長野地方裁判所松本支部の野澤晃一裁判長は、20万円の罰金刑という不当判決を言い渡しました。当初は「見守り注意義務」違反での訴追であったはずが、いつの間にかそれは放棄され、途中追加された予備的訴因「おやつ形態確認義務」違反による有罪判決で、とうていまともな判断とは言えません。
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 説明の後、施設を見学させていただき、介護保険制度の下での福祉の現場の厳しい経営の状況、したがって、職員の十分な配置が困難で、しかも低い賃金水準とならざるを得ない状況等々、福祉を取り巻く困難な状況と改善のための政治の転換の必要性を痛感させられました。≫(19.5.8付け)



 この事件は、全国の介護関係者に衝撃を与えた。「介護が委縮し、後退する」との不安や懸念が噴出したのは当然だ。捜査当局が異例の捜査で個人の刑事責任を問うという、まるで当該施設を狙い撃ちしたような異常な事件だ。検察は上告を断念すべきだ。

75年目の広島の日

 広島への原爆投下から75年目。今日も広島では、コロナ禍のもと規模を縮小してではあるが、平和記念式典が行われた。
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 式典では松井一実市長が、平和宣言のなかで「核兵器禁止条約は、核兵器廃絶に不可欠な条約」と指摘、世界の指導者に向けて「この枠組みを有効に機能させるための決意を固めるべき」と呼びかけた。

 同時に、日本政府に対して「核兵器禁止条約への署名・批准を求める被爆者の思いを誠実に受け止めて同条約の締約国になり、唯一の戦争被爆国として、世界中の人々が被爆地ヒロシマの心に共感し「連帯」するよう訴えていただきたい。」と訴えた。
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 核兵器禁止条約は、すでに40か国が批准。あと10か国で条約が発効する。「核兵器の非人道性を厳しく告発し、この兵器を違法化し、「悪の烙印」をおした条約が発効するならば、核兵器保有国を、政治的・道義的に拘束し、追い詰め、核兵器廃絶に進むうえで、大きな力を発揮することは間違いありません」(8/5NGO団体主催討論会での日本共産党志位和夫委員長)

 しかし安倍首相は、依然として、この被爆者の切実な思い、核兵器廃絶を願う圧倒的な国民と世界の世論に背を向け続けている。式典後の被爆者との懇談のなかでも、核兵器禁止条約への署名・批准を求める被爆者の訴えを冷たく拒絶した。
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 NHK広島の調査によれば、広島県と全国の若者(18~34歳)の約85%が「核兵器は必要ない」と答えている。驚くべきことに、アメリカの若者の70.3%が、同様に「必要ない」と答えている。ここに、被爆者を中心とした核兵器廃絶への営々とした取り組みとそれに応えて行動を開始した世界の動きの反映があるし、なによりも未来への希望がある。

 時代錯誤の核抑止力論にしがみつき、核兵器に固執する勢力をいっそう追い詰め、さらに、「市民と野党の共闘」を前進させ、唯一の戦争被爆国にふさわしい役割を果たせる新しい政治を実現したい。

地域まわりでさわやかな汗

 今日も午後から、中村きみえ市議、地域の日本共産党支部長・Kさんとともに、「しんぶん赤旗」のご購読のお願いに歩きました。

 この暑さのなか、マスクでは苦しかろうと、中村きみえ市議から口元だけをカバーするシールドをいただきました。

 訪問時、ありがたいことに中村きみえ市議が、治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟の国会請願署名を用意してくれていて、お会いできたお宅では、みなさんにご協力いただきました。
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   写真   署名をお願いするk支部長と小松実(撮影は、中村きみえ市議)
 結果は、「しんぶん赤旗」日曜版の読者が一人増えただけでしたが、「暑いなか、たいへんですね」「選挙の時は、協力するよ」「頑張ってもらわなければ・・・」などなど、うれしい励ましをたくさんいただきました。

 さわやかな汗をかきました。