「しんぶん赤旗」日刊紙が3部増えた


 今日は、日本共産党の中村きみえ市議と地域まわり。「しんぶん赤旗」の、とりわけ日刊紙のお勧めに歩いた。

 日曜日ということもあってか、お留守が多かったが、お会いできたお宅では、菅政権のあまりのひどさに話が止まらない。罰則規定や補償の不十分さなどコロナ対策の不手際、自民・公明の幹部議員による「夜の銀座のクラブでの会食」、河合夫妻の巨額買収事件等々怒り心頭で、「日本共産党に頑張ってもらうしかない」と購読してくれることになった。

 また、日刊紙が今月で中止になるお宅に、引き続きの購読をお願いして、お読みいただくことになった。

 行動終了後中村議員が、お留守だったお宅に電話して、もう一軒。午後の行動で合わせて3軒で日刊紙を購読いただくことになった。ありがたいことだ。

今日の行動でも、小池晃書記局長や田村智子副委員長の鋭い、しかも事実を突きつけての説得力のある論戦が話題になり、読者を広げる大きな力になった。日本共産党の国会議員をもっともっと増やさなければならない、との中村きみえ市議の訴えにも迫力があった。

大成功だった、「時代の証言者 伊藤千代子」の出版記念講演会

 今日は、「時代の証言者 伊藤千代子」増補新版(藤田廣登著、学習の友社、1600円)の出版記念講演会。講師はもちろん、著者の藤田廣登さんだ。コロナ禍ではあるが、密にならないよう大きな会場を用意し、宣伝も控えめにし、検温、消毒など可能な対策を取りつつ、開催した。それでも100名近くの参加者で、内容的には密度の濃い講演会だった。
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 民主青年同盟の千葉県委員長吉田隆寛さんの司会で、最初に私が、主催者(治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟、国民救援会、民主青年同盟、日本共産党の4者)を代表してごあいさつした。
KIMG0137 (2).JPG   司会の吉田隆寛民主青年同盟千葉県委員長

 国賠同盟の組織や運動について、若干の紹介をすると同時に、戦前・戦中、弾圧の先兵の役割を果たした特高警察の流をくむ公安警察出身者が、権力の中枢に居座り、あの京大滝川事件を彷彿とさせる学術会議会員任命拒否という大問題を引き起こしていること。国賠同盟は、「特高政治」ともいうべき今の政府と、真っ向から対決している極めて現代的課題を担う組織・運動だと強調した。
IMG_4106.JPG   主催者挨拶をする小松実

 続いて、藤田さんの著書を原作とする劇映画「伊藤千代子の生涯」(仮題)のPR・DVD(20分)を上映。藤田さんの講演に入った。

 コロナ禍で全体の時間を短くするために、本来なら映画「伊藤千代子の生涯」の総監督・桂壮三郎監督においでいただき、お話をお願いするはずだったが、割愛。藤田さんの講演そのものも短縮していただいた。
KIMG0122.JPG   講演する藤田廣登さん

 それでも、伊藤千代子の生涯について、社会科学との出会い、日本共産党への入党、第一回男子普通選挙にあたって労農党の候補・山本懸蔵を北海道へ送るためにみずからの学費を提供し、卒業を断念した話(山本懸蔵のたたかいは、小林多喜二の小説「東倶知安行」に描かれた)、1928年3月15日の大弾圧で逮捕されるものの、拷問や虐待に耐えて戦い抜いた姿、やがて夫・浅野晃の転向・裏切りなどにより拘禁精神病を患い、回復基調のなか最後は肺炎で24歳の生涯を閉じるまでを一気に、熱く語ってくれた。
KIMG0126 (2).JPG   藤田廣登さん

 その後、国賠同盟千葉県本部の女性部長に就任した斉藤和子前衆議院議員が、ごあいさつ。国賠同盟への入会も訴えてくれた。おかげで閉会後、青年を含めて4名の入会者があった。
KIMG0130 (2).JPG   国賠同盟千葉県本部女性部長に就任した斉藤和子前衆議院議員

 最後は、主催者団体の一つ・国民救援会の鷲尾清県本部会長が閉会の挨拶をした。映画の制作支援・上映運動成功のために、政策協力券を引き受けてくれる方が驚くほどの数になった。関連書籍の注文も、やはり驚くほどの冊数にのぼった。
KIMG0140 (2).JPG   閉会の挨拶をする鷲尾清国民救援会千葉県本部会長

 映画「伊藤千代子の生涯」への大物俳優の出演も決まり、10月頃には撮影開始、2022年、日本共産党の創立100年の年には、全国公開の運びになると、藤田さんも講演の中で紹介された。この講演会を起点に、共催団体で実行委員会をつくり、映画の成功に向けても奮闘していきたい。これからが楽しみだ。

※実は、カメラを忘れて、自分の写真以外は、私のスマホで撮った。みんな、ボケていた。失礼!

日本共産党印旛地区で「党史」の講義


 今日は、日本共産党千葉県印旛地区委員会の党学校。「党史」の講義をしてきた。

 当初予定していた会場が、新型コロナの緊急事態宣言で使えなくなり、急遽、印旛地区委員会に変更。主会場に第二会場、インターネット中継を駆使しての講義となった。目の前にカメラが設置され、マイクをつけての講義というのは初めてのことで、面食らうことばかりだったが、インターネットも含め28人が受講したとのことだ。
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 途中休憩を挟んで、9:30から1:00近くまで。例によって、時間配分がうまくいかず、後半は駆け足になってしまったが、終了後の皆さんの反応は、概ねあたたかいものだった。

 感想を書く時間が確保できず、後ほどファックスでということになったが、それでも数人は、提出してくれた。抜粋して紹介する。

 「党の歴史が、党の活動が、実に変化にとんだものだったことを実感するお話でした。・・・綱領路線が生み出しているワクワクするような今の情勢を生み出した党のたたかいに深い敬意を持ちました」
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 入党して間もない方は、「まず、参加してよかったです。・・・・で労組役員をしていて、民主党政権を生み出した側でした。すべてのパズルがかみ合った実感があり、非常に納得できる内容でした。」と書き、終了後もみずからの体験がどんな歴史の流れのなかでのことだったのかがわかったと興奮気味に語ってくれた。

 また党歴の長いベテランの方は、「素晴らしい内容のある講義でした。時間が経つのが惜しい(ユーモアで、よくわかる解明)絶対、最高の講師です。ありがとうございました。」と、書いてくれた。

 何度やっても、講師活動はなかなか難しい。限られた時間のなかで、何をどう効率的に、しかも興味深く話せばいいのか。研鑽を積む以外にない。

意気高く、かなみつ理恵知事を誕生させるみんなの集い


 先日、知事選立候補の記者会見をしたかなみつ理恵さん。今日は「かなみつ理恵知事を誕生させるみんなの集い」が行われた。コロナ禍のなか、参加者を会場定員の半分以下に抑えての開催だった。
DSC05097 (2).JPG   「明るい会」を代表してあいさつする三輪定宣千葉大名誉教授
 最初に、「憲法がいきる明るい千葉県をつくる会」代表委員の三輪定宣千葉大名誉教授がごあいさつ。続いて、事務局長の本原康雄さんが経過報告をした。さらに、医労連書記長の永島達哉さんが、「明るい会」としての政策を発表し、説明をした。永島達哉さんなどと書くと、なにやらこそばゆい。実は私の教え子で、普段は「達哉」と、呼び捨てにしている。立派に成長し、それなりの役割を果たしている姿をみるのは、何とも誇らしい。
DSC05100 (2).JPG   経過報告をする本原康雄事務局長
DSC05102 (2).JPG   「明るい会」の政策骨子について説明する永島達哉さん
 続いて、各分野から、かなみつ知事誕生とかなみつ県政への期待が表明された。「安保関連法に反対するママの会@ちば」の仲間は、「せんそうのどうぐつくるのやめよう」と書いた横断幕とともに登場。アイデア満載、発信力抜群のかなみつ理恵さんをよろしくと訴えた。
DSC05106 (2).JPG   横断幕とともに訴える「ママの会」や「フラワーデモ@ちば」の仲間たち
 フラワーでも@ちばの仲間は、女性差別のない社会を、47都道府県で唯一「男女参画条例」を持たない千葉県を「かなみつ知事」で変えようと呼びかけた。どこの空にもオスプレイいらない@フナバシの仲間は、「目立つところでは輝き、目立たないところでは下働きでみんなの活動を支える素晴らしい人」と、かなみつさんの市民活動に取り組む様子を伝えた。

 千商連(民商の県組織)、農民連、千葉労連、民医連、民青や日本共産党の代表もそれぞれの立場から、かなみつ理恵知事誕生への期待と決意を述べた。民医連(民主医療機関連合会)の仲間は、コロナ禍のなか、医療現場がいかに深刻な事態に追い込まれているか、医療への支援を何度訴えても応えようとしない行政の冷たさ、休みもなく頑張り続けている医療人への心ない差別の実態など、時折、声を詰まらせながら訴えた。
DSC05115 (2).JPG   千葉県農業のおかれている実態と県政転換を訴える農民連の代表
DSC05129 (2).JPG   青年からの期待を述べる民主青年同盟の代表
 今度の知事選は、現職の千葉市長が出馬を表明しているため、千葉市長選も同時に行われる。先日、「新しい千葉をつくるみんなの会」から立候補表明した大野隆さんも駆けつけて、ともに頑張る決意を表明した。
DSC05131 (2).JPG   ときにユーモアを交えながら、ともに千葉市政の転換をめざす決意を述べる大野隆さん
 大きな拍手で迎えられたかなみつ理恵さん。「よく断崖絶壁を登るような決意をしたね」と言われるが、自分は一人で登るわけではない、みなさんがついている、ご一緒に上りましょう、と訴えて、会場の心を掴んだ。さらに「私の長所は、知らないことを知らないと言えること」と、かなみつさん。「皆さんに教えていただきながら、知事になったら県民のみなさんに教えていただきながら、県政運営に臨みたい。県庁の職員の皆さんが、誇りをもって仕事ができる、そんな千葉県にしていきたい」と、決意表明。やんやの喝さいを浴びた。
DSC05138 (2).JPG   さわやかに頼もしく訴えるかなみつ理恵さん
DSC05147 (2).JPG   大野隆さんとともに花束を手に会場の声援に応えるかなみつ理恵さん
 最後に、民主青年同盟の吉田隆寛千葉県委員長が行動提起を行なった。3月21日の投票日まで、2か月を切っている。多くの皆さんのご支援を心からお願いします。
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核兵器禁止条約、今日発効!

 核兵器禁止条約が今日、発効した。核兵器は、国際法のもとで初めて違法なものとなった。人類史上、画期をなす日となった。

 核保有5大国などの妨害をはねのけて、2017年7月7日、国連総会で核兵器禁止条約は採択された。真っ先に、同年9月20日、あのバチカン市国が、そしてガイアナ、タイ王国が署名・批准をした。それから3年余、2020年10月24日、ホンジュラスが批准して、批准国が発効に必要とされた50カ国に達した。

 そして90日後の今日、核兵器禁止条約は、世界的な法規範として正当な効力を持つことになった。ヒロシマ、ナガサキへの原爆投下から、76年目になる。
DSC05094 (2).JPG   核兵器禁止条約発効を伝える「しんぶん赤旗」
 条約はその前文で、「核兵器のいかなる使用によってももたらされる壊滅的な人道的結末を深く懸念し、いかなる状況下においても核兵器が二度と使用されないことを保証するために残された唯一の方法である核兵器の完全な廃絶が必要であることを認識し」
 「核兵器使用の被害者(ヒバクシャ)と核実験の影響を被った被災者の受け入れがたい苦難と被害に留意し」
 「核兵器のいかなる使用も、武力紛争に適用される国際法の規則、とりわけ人道法の原則と規則に反するであろうことを考慮し」
 「核兵器の法的拘束力のある禁止は、核兵器の不可逆的で、検証可能で、かつ透明性のある廃絶を含む、核兵器のない世界の達成及び維持に向けた重要な貢献となることを認識し、この目的に向けて行動することを決意し、」等々と、格調高く条約の意義をうたいあげている。

 そのうえで、第一条の(a)として、核兵器の「開発」「実験」「生産」「製造」「取得」「保有」「貯蔵」を禁止している。(b)では「管理の移転」を(c)では核兵器そのものの「移転」と「管理の受領」を禁止。さらに(d)では、「使用」と「使用の威嚇」、(e)では、「禁止された活動の援助、奨励、勧誘」、(f)「かかる援助の要求、受諾」、(g)では「自国の領域内への配備、設置、展開の許可」が禁止されている。

 つまり、核兵器にかかわるいっさいが厳格に禁止されている。核保有国やその傘の下にいる日本などが、条約に参加していないことをもって、条約の効力に疑問を呈する向きもあるが、批准国が広がれば広がるほど、核保有国は動きが取れなくなる。何よりも、「核兵器は違法」「核兵器をなくせ」の国際社会の世論に包囲され、追い込まれていく。だからこそ、アメリカをはじめ核保有国は、その影響力を使って批准阻止に全力をあげてきたのだ。

 発展する歴史と人類の知恵と理性に、信頼と希望が広がる。

「赤旗」日曜版に「多喜二の見た小樽」

 1月24日付の「しんぶん赤旗」日曜版が届いた。その「たび」欄に、ツルシカズヒコさん(文)とパートナーのワタナベコウさん(イラスト)の記事「多喜二の見た小樽たどって」が掲載された。

 記事にもあるように治安維持法国賠同盟が企画したツアーだが、この旅に私も参加した。2泊3日のあわただしい旅だったが、感動と収穫は大きかった。「伊藤千代子の獄中最後の手紙を見る会」に参加するのが、旅のテーマの一つだったが、1000字足らずの紙面では、もちろんそこまでは紹介できない。

 記事は、私たちがたどった「多喜二の小樽」とその魅力を、実に見事にコンパクトに伝えている。
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 小樽文学館では、館長さんの特別のはからいで、通常は公開されていない石膏のデスマスクを見ることができた。当時、「北のウォール街」と称された日銀通りを歩き、多喜二が務めていた旧北海道拓殖銀行小樽支店を見た。

 翌朝の散歩で、「工場細胞」の舞台、北海製罐の工場も見た。小樽築港駅そばの多喜二の住居跡。多喜二はそこから、拓銀小樽支店に通った。そして、小林家の墓がある奥沢墓地。そこに多喜二の父と母、多喜二自身が眠っている。多喜二の文学碑がある旭展望台や恋人・タキさんとの逢瀬を楽しんだ水天宮。出身校の旧小樽高商(現・小樽商大)。

 たったこれだけの字数で、これだけの中身を魅力的に紹介する。至難の業だと思うし、やはりプロだと思う。もちろん、「市場でカニを買いました」なんていう告白付きのワタナベコウさんのイラストが、すばらしい。「なるほど、こういうルートだったのか」と、小樽の街とそれぞれの位置関係をわかりやすく教えてくれている。

 お二人にはお世話になりました。また、素晴らしい記事をありがとうございました。

県知事候補に「かなみつ(金光)理恵」さん、明るい会が発表

 3月に行われる千葉県知事選挙の候補者が決定した。今日、「憲法がいきる明るい千葉県をつくる会」(通称「明るい会」)の代表委員会が開かれ、その後の記者会見で発表された。

 かなみつ(金光)理恵さん。1963年、和歌山県の生まれ。立命館大学、お茶の水女子大学大学院で平安文学を研究。大学受験の予備校で古文の講師を28年間務めてきた。1980年代後半から「夫婦別姓選択制を進める会」の活動に携わり、2015年には「安保関連法に反対するママの会@ちば」結成に加わる。「安保法制違憲訴訟・女の会」の原告でもある。
DSC05090 (2).JPG      出来立ての名刺
 「明るい会」代表委員会は、前々回の知事候補だった代表委員の三輪定宣千葉大名誉教授の挨拶で始まり、本原康雄事務局長(千葉労連議長)が、経過報告。政策委員会での検討経過などにも触れた。
DSC05066 (2).JPG   冒頭、あいさつをする代表委員の三輪定宣千葉大名誉教授
 候補者として紹介されたかなみつ理恵さんは、「ここ数年、幕張メッセでの武器見本市開催など、平和の問題で森田県政と相対してきた。森田県政を引き継ぐ候補に負けるわけにはいかない。」「明るい会の政策が届けば、必ず共感してもらえるはず」と、元気に決意表明。「何よりも『命』を守るということを最優先にした県政に」と抱負の一端を語った。コロナ禍で命が脅かされる状況が続いているが、それだけでなく、性暴力などで「魂を殺されている人たちがいる。そうした人々を守ることも含めての『命を守る』ということだと強調した。
DSC05075 (2).JPG   決意・抱負を述べる知事候補のかなみつ理恵さん
 代表委員会では、「税金の使い方変えて『公助』こそ最優先の県政に――豊かに安心して住み続けられる千葉県に大きく転換――」と題する「基本政策骨子」も確認された。

 「基本政策骨子」は、「はじめに」で、「県政の最優先の課題は、県民のいのちとくらし、安全を守ること」全国4位の財政力を「県民のくらしを充実させるため、安全を守るために優先的に使えば、全国でもトップクラスの安心して住み続けられる千葉県にすることは十分に可能」。ガラス張りの県政にし、「一人も取り残さない」千葉県にしていくと述べる。

 そのうえで、①新型コロナウィルスから県民のいのちとくらしを守り抜きます。②災害に強いまちづくり、早急な復興復旧をはかります。③県予算を医療や福祉、教育、災害対策の充実に最優先に使い、県民誰もが安心して住みやすい千葉県にします。④子どもたちがのびのびと健やかに成長するための教育を実現します。⑤県内の農業・漁業、営業と事業を守り、雇用を守り生み出します。⑥ジェンダー平等、誰もが自分らしく生きられる社会をつくります。⑦県民の財産である環境を守り災害から県民を守ります。⑧憲法と平和を守り、戦争につながる動きに反対します。⑨平和と県民のくらしを守るため国に堂々と求めます。という9本の柱に、36項目の具体的政策が盛り込まれている。
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 最後に、三輪定宣代表委員と候補者・かなみつ理恵さんとの間で、政策協定、組織協定のそれぞれに調印が行われた。代表委員の一人として、私も押印した。
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 さあ、知事選が始まる。投票日まで2か月と時間はないが、全力をあげよう。

治安維持法犠牲者、杉浦正男さん逝く

 治安維持法による弾圧犠牲者で千葉県内ただ一人の生存者だった杉浦正男さんが亡くなられた。12日朝のことだったという。106歳と5か月だった。

 コロナの関係で、今日、ごく限られた人数で納棺式を行い、船橋の馬込斎場で荼毘にふされた。遺族以外では、最後まで故人に寄り添った藤田廣登さんと治安維持法国賠同盟県本部から七里一司副会長、そして私が参列した。
DSC05061 (2).JPG   年末に撮影したという写真が遺影となった
 治安維持法による狂暴な弾圧が吹き荒れていた戦前・戦中、杉浦さんらは、親睦会を装って巧みに「出版工倶楽部」を立ち上げ、最盛期には1500人からの労働者を組織。文字通り、工場の若い労働者のなかに、種をまく活動に取り組んだ。

 しかし1942年、特高の牙が襲いかかる。11月11日、杉浦さんも逮捕。「国賊め、貴様らの一人や二人たたき殺しても、誰のとがめもうけないんだ。たたき殺してやるから覚悟しろ。」などと罵声を浴びせながら「樫の棒、竹刀をもった刑事五人で私をとりかこみ代わるがわるめった打ちにし、髪をつかんで引きずりまわし、樫の棒では膝を、竹刀では頭をうち、正座させては膝を革靴で蹴とばし、膝上に乗るなど・・・」(杉浦正男著「若者たちへの伝言」)という激しい拷問を加えられた。
DSC05065 (2).JPG   杉浦さんの著書のひとつ「若者たちへの伝言」
 1945年4月、杉浦さんは、教誨師から妻の富子さんが、3月10日の東京大空襲で逃げ込んだ小学校で爆撃にあい、亡くなったことを伝えられる。ポツダム宣言を受諾した後も、時の政府は、思想犯を獄につないだまま。杉浦さんの出獄も、敗戦から2か月を過ぎた10月のことだった。
DSC05821.jpg   杉浦正男さんの長寿を祝う会で挨拶する故人(2017年、103歳)
 戦後、杉浦さんは、印刷出版労働組合を再組織。やがて階級的労働組合「産別会議」の事務局長として活躍する。産別会議解散時には、その財産を平和と労働運動に役立てようと「平和と労働会館」建設に尽力。それはいま「平和と労働センター・全労連会館」へと引き継がれている。

 棺のなかの杉浦さんは、いくぶん痩せてはいたものの今にも起き上がりそうな感じさえするつややかな凛としたお顔で眠っていた。送り人に促されて、死出の旅立ちに必要な装束を整える手伝いをした。最後に、藤田さんが用意してきた「出版工倶楽部」の旗の写真や治安維持法国賠同盟の黄色いゼッケン、労働者教育協会の赤い腕章などなどを、花で埋まった棺のなかに入れた。
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 杉浦さん、本当にお疲れさまでした。そして、ありがとうございました。ご遺志をしっかりと受け継ぎ、そう遠くない時期に、必ず戦争勢力から政権を奪取します。特高政治ともいうべき、安倍・菅政治、自民・公明政治を終わらせます。歯がゆい思いをさせるときもあるかもしれませんが、どうぞこれまで同様、あたたかく見守ってください。最後にもう一度、本当にお疲れさまでした。ありがとうございました。

身近に迫る感染拡大――政治の舵の切り替えが急務


 新型コロナの新規感染者が、今日も500人を超えた。感染拡大に歯止めがかからない状況ではあるが、中村きみえ市議とともに地域を訪問して歩いた。

 途中、中村きみえ市議が呼び止められて、かなりの長時間、地域の諸問題についてお話を伺うことになったりして、予定の軒数をこなすことはできなかったが、それでも一軒のお宅で「しんぶん赤旗」の日曜版を購読していただけることになった。

 あるお宅では、お正月明けに迎えたお客さんが、その後PCR検査で陽性となり、以来、外出を控え、自粛生活を余儀なくされていると、不安の声が寄せられた。

 中村きみえ市議が詳細を聞き取った後、さっそく担当部署に電話し問い合わせた。どうやら、「濃厚接触」の範疇には入らないとのことで、検査も必要がないらしい。それを相談者に伝えながら、さらに今後の対処の仕方についてもアドバイスをしていた。

 相談者の吹っ切れたような明るい声、感謝の言葉が受話器から漏れ聞こえてきた。「たいしたものだ」というと、「私も一応、保健師ですから」と、中村市議。

 コロナの脅威が、徐々に身近に迫っている。不安におびえながら、しかし、どう対処していいのかわからないまま、じっと身を潜めるようにして暮らしている人が増えているのだろう。

 無為無策、泥縄式の対応を繰り返す今の政府では、国民の不安と不信は増すばかりだ。感染者と接触したら、公の責任で検査をするのは当たり前だ。徹底した検査と保護で、初めて国民は安心を得ることができる。医療機関への手厚い支援で、どんな事態になっても安心の医療体制を確保してこそ、政治や行政への不信も払しょくできる。

 保健所とその職員を削減し続けてきた政府、公立・公的病院の統廃合を今なお進めようとしている政府の責任は重大だが、多少でも国民の命と安全を守る気があるのなら、舵の切り替えは急務だ。

伊藤千代子に学ぶ


 今日の「しんぶん赤旗」社会面に、「伊藤千代子に学ぶ志」との見出しで、映画化に向けた北海道苫小牧の取り組みなどが紹介された。

 伊藤千代子は、1905年長野県諏訪市で生まれた。諏訪高女では、当時教頭だった歌人・土屋文明の薫陶を受ける。東京女子大時代に社会科学研究会で学び、やがて日本共産党に入党。1928年3月15日の大弾圧で逮捕・投獄された。残虐・野蛮な拷問に屈することなくたたかったが、夫・浅野晃の転向・裏切りなどもあり拘禁精神病に。最後は、肺炎を患い24歳の命を奪われた。
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 千代子の死からわずか6年後の1935年、土屋文明は「こころざしつつたふれし少女(おとめ)よ 新しき光の中におきておもはむ」「高き世をただめざす少女等ここに見れば 伊藤千代子がことぞかなしき」など、六首を雑誌「アララギ」に発表した。特高警察による野蛮な弾圧が吹き荒れるなか、土屋の勇気にも賛辞を贈りたい。

 伊藤千代子の獄中最後の手紙は、苫小牧市立図書館に保管されていたのを、藤田廣登さんの依頼を受けた日本共産党元苫小牧市議・畠山忠弘さんが執念で発掘。映画「伊藤千代子の生涯」(仮題、桂壮三郎監督)でも、その直筆が公開される予定だ。

 折しも今日、映画の原作となった「時代の証言者 伊藤千代子」の著者・藤田廣登さんの同書増補版・出版記念講演会実行委員会が開かれた。実行委員会は、共催4団体(治安維持法国賠同盟、国民救援会、民主青年同盟、日本共産党千葉県委員会)の代表で構成されている。
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 コロナの感染拡大に歯止めがかかっていない状況から、開催自体が危ぶまれはしたものの、密をさけるために大きな会場を借りていることやすでに国賠同盟や救援会のほうに参加の問い合わせなどが複数届いていることなどから、消毒や換気、検温など、可能な限りの感染防止対策をとり、しかも、講演会そのものを簡素化、時間を短縮して行うことで意見の一致をみた。

 時間短縮の関係で、藤田さんの講演も短縮し、桂壮三郎監督のお話は、割愛せざるを得なかったが、感染防止に十二分に留意しつつご参加いただければと思う。

「小出し」「後手後手」の菅政権、「緊急事態宣言」を追加

 「小出し」「後手後手」「場当たり」「泥縄」「科学軽視」に「朝令暮改」。菅・自民公明政権のコロナ対応を揶揄・批判する言葉だ。

事実、1月8日に1都3県を対象に緊急事態宣言を発出した菅首相。対象地域拡大について問われ、「そうした状況にない」と否定していた。ところが一転、今日(14日)から大阪など7府県を追加。どちらの場合も、相変わらず明確な説明はなし。菅政権の新型コロナ対策への不安と不信は高まるばかりだ。

 「GOTO」で感染拡大が指摘されても、「そうしたエビデンス(証拠)はない」などとうそぶき、11カ国のビジネス関係者の往来停止にも抵抗してきた。

 感染拡大防止のあり方は「最初にしっかりと網を大きくかけておいて徐々に緩めていくのが原則」と、日本共産党の小池晃書記局長。菅政権のやり方は、これに逆行すると厳しく指摘した。

 緊急事態宣言に伴い、いま求められているのは、一つには飲食の業者などが、安心して時短や休業ができる十分な補償を行なうこと。もう一つは、検査の抜本的拡充。とりわけ、集団感染が多い高齢者施設や医療機関での一斉、定期的な社会的検査を全額国庫で行うことだ。疲弊し、経営危機に瀕している医療機関への減収補填・財政的支援も必要だ。

 それらに背を向けたまま、要請に応じない業者の店名公表など、懲罰的な対策を強化すれば、国民同士の対立と分断をもたらすだけだ。4.7兆円におよぶ第三次補正予算案の抜本的組み換えが求められている。

 マスコミもようやく、病院にも入れてもらえず、自宅待機している間に命を落とす事例を報道し始めた。保健所を減らし、病院の統廃合や病床減らしを進め、医療体制を脆弱なものにしてきた政治の責任だ。私たちは、不幸にもこんな政府を持ってしまった。次の総選挙は、私たち自身が私たち自身の命と安心を守るためにも重要な選挙になる。

作業や会議・治安維持法国賠同盟の一日

 今日は、治安維持法国賠同盟の機関誌「不屈」新年号の発送作業。7人が参集して、分厚い中央本部版と千葉県本部版に加え、1月28日に予定している「時代の証言者 伊藤千代子」増補版出版記念講演会のお知らせなどを折り込んだ。
DSC05044 (2).JPG   発送作業の様子
 記念講演会は、コロナ感染の拡大から躊躇があるものの、すでに参加の問い合わせなども寄せられていることから、短時間かつ簡素なものにして実施する予定で、明後日の実行委員会に諮ることになる。

 昼食を挟んで、千葉県関係の治安維持法犠牲者名簿作成のための編集会議。ここには、「飯島喜美の不屈の青春」の著者・玉川寛治さんや「時代の証言者 伊藤千代子」の著者・藤田廣登さんも参加。すでに基礎資料を整えつつある玉川寛治さんを編集長に、事務局長に小松敦さんを選出、手始めに「特高月報」からの洗い出し作業の日程などを決定した。
DSC05048 (2).JPG   藤田廣登さん玉川寛治さんを交えての編集会議
 名簿の作成について玉川さんは、犠牲者の足跡を残すというだけでなく、「国が犠牲者への謝罪をすることになった時の対象者を用意しておく仕事だ」と、その意義を強調した。弾圧の標的となった日本共産党が創立100周年を迎える2022年の5月末を目途に出版をめざすことになった。
DSC05052 (2).JPG   名簿作成の参考資料
 休憩を挟んで、その後は定例の三役会議。小松敦事務局長の司会で、組織拡大や国会請願署名の取り組み、財政の状況などについて、協議が行われた。

 うれしいことに、また一つ県内に同盟の支部が誕生する。この間、かなり長期間に及ぶ準備段階を経て、いよいよ2月初めに柏を中心とする東葛地域に支部が誕生する。結成総会の日程も報告され、当日は、私も駆けつけて県本部としてあいさつをすることになった。

 今日は、出版記念講演会のご案内をするなかで、ある医師から「私も同盟に加盟したい」との連絡があったとのうれしいニュースもあった。千葉県同盟の着実な前進がうれしい。

不気味な数字、医療機関以外での死亡122人

 新型コロナウィルスに感染し、医療機関以外の自宅などで死亡した人が、昨年3~12月の間で122人にも上ることが明らかになった。とりわけ、12月には56人と急増しているとのことだ。7日付の「しんぶん赤旗」が報じた。

 12月の56人のうち、自宅や高齢者施設、療養先のホテルなどで死亡した人が50人。外出先の路上や店のトイレなどで死亡した人が6人だとのこと。

 警察庁のまとめということだが、なんとも不気味な数字だ。しかも、死後の検査で感染が判明した人が38人にもなるという。

 感染を自覚しないまま、自宅や外出先で突然命を絶たれる。年明けからの更なる爆発的な感染の拡大のなかで、おそらくそうした事例も急増しているのではないか。

 日本共産党は、早くからPCR検査の抜本的拡充を提案してきた。ほんの一部だが、テレビのモーニングショーなどでも、同様の主張が行われてきた。にもかかわらず、国は検査費用を出し惜しみ、人口当たりのPCR検査数は、世界で149番目という遅れだ。

 緊急事態宣言も、中途半端なものという感がぬぐえない。十分な補償をせずに罰則で対応しようとする。国の責任で抜本的に拡大強化すべきPCR検査も、自治体にその費用の半分を負担させる仕組みは相変わらずで、これが足かせになっている。

 国民の命を最優先にする政治に切り替えなければならない。その責任は、私たち自身にある。声をあげ続け、政治を動かし、選挙で決着をつけるしかない。

資本主義が正面から問われる時代になってきた


 新年から始まった「しんぶん赤旗」の連載、「発言2021」が面白い。

 スタートの3日付が、音楽家の坂本龍一さん。見出しはズバリ「資本主義を問うとき」。リードには「資本主義のあり方を根本的に見直さなければ人類の未来はない」という坂本さんの言葉が紹介されている。

 コロナ感染拡大で、貧困と格差、地球温暖化、差別などさまざまな問題が明るみに出た、という坂本さん。「資本主義が行き着いた『ニューリベラリズム(新自由主義)』の政策は、効率を何よりも優先して福祉や教育を切り詰め、医療体制を脆弱なものにしてきました。」「日本政府は、コロナ感染の第2波・第3波を予測できたにもかかわらず、医療体制を強化したり、PCR検査を拡大することもせず、ただ『自粛』を呼び掛けただけでした。」と指摘する。
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 他の国だったら大規模デモが起きていてもおかしくない、と指摘したうえで坂本さんは「大事なことは野党が自民党に対して立ち向かうこと、一大勢力としてまとまって対抗してほしい」と注文を出す。

 安保法制や共謀罪の強行を振り返り、それ以上に「法の解釈を数人の内閣で変えてしまうことが次々行われていることが、もっと問題だ」「政府は、文化芸術に対する評価が低く、教育や科学軽視は目に余る」と、安倍政権以来の問題点を指摘、「これに対して、国民にとって常識的なことを言っているのは、日本共産党ぐらいしかない」という。

 日本政府に核兵器禁止条約に参加を迫る署名の呼びかけ人にもなっている坂本さん、「核兵器に頼って危うい均衡を保っている世界は異常」と訴え、最後に「どんな暮らし方をしたいか、どんな社会を望むのかをこの機に考え、声をあげていくべきだと思います。」と呼びかけている。

 続く4日付。「腐臭漂う政権の交代を」との見出しは、作家の島田雅彦さん。「GO TO」などと感染防止より経済を優先してきた政府を利潤追求が至上命令の株式会社日本政府だと喝破。「桜を見る会」のスクープに触れ、「日本共産党は国会で政府を追及しているだけではなく、『赤旗』が権力を監視するジャーナリズム本来の役割を果たしているメディアであることを証明されました。」と評価する。

 さらに島田さんは、世直しや政権交代を待望する人たちは潜在的に多いと指摘して、「野党連合政権がその怒りの受け皿になれば、政権交代はあり得ます。」と期待を表明、「政府を監視する検察もマスメディアも健全に機能していない以上、市民が監視するしかない。」と呼びかけている。
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 そういえば、1日付で志位和夫委員長と対談していた同志社大学教授の岡野八代さんも「コロナ危機を通して、新自由主義の破綻が明らかになりましたが、同時に、資本主義そのものの矛盾ということも考えざるを得ません。資本主義の矛盾というのは、・・・労働者と、その労働者をつくる仕組み、私はこれをケアと呼んでいますが、ここを酷使し、しかもそれに見合う報酬を出さないことにある・・・・この矛盾は、私は資本主義である限りなくならないのではないかと思います。」と述べていた。

 新自由主義のみならず、資本主義そのものが、「このシステムでいいのか」と正面から問われる時代になってきた。そして、その先のシステムについての模索が始まっている。

 今後、「しんぶん赤旗」に、また「発言2021」に、どんな人が登場してどんな発言をしていくのか、毎日の「しんぶん赤旗」が楽しみだ。

母の命日に思う


 今日は、母の命日。

 横浜の霊園に墓参りをし、その帰りに近くの兄の家に立ち寄って、食事をいただき、よもやま話をするのが恒例だったが、今年は新型コロナの状況から、兄とも相談のうえ中止にした。

 48年前の今日、母は、苦労するだけして、そそくさと逝ってしまった。私が、10か月に及ぶ入院生活から解放されて、退院してきた2週間ほど後のことだった。まだ60歳だった。
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 教員採用試験に合格して、赴任先が決まろうかという最後の身体検査で肺に影が見つかったのだ。前年の秋から、咳と微熱が気になっていたが、しつこい風邪だとくらいにしか考えていなかった。改めて病院で診察を受けたが、診断結果が出ると同時に、即日、強制入院ということになった。肺結核だった。

 教員は、母のあこがれの職業だった。事実上の母子家庭で、身体も丈夫ではなかった母が、二人の子どもを育て上げるのはたいへんなことだったろう。ようやく、下の息子である私が、その教員に採用される直前での入院は、母にとってどれほどの衝撃であり、打撃だったろう。

 入院の支度をしながら、「大丈夫だよ」と、私を励ます母の頬を濡らしていた涙が、今も忘れられない。

 あれからもう半世紀近くにもなる。兄も私も、母の年齢を大きく超えて元気にしている。生前、おそらくはたいへんな不安と悩みを抱えての暮らしだったはずなのに、逆にご近所の相談役になったり、子どもたちのための公園づくりに奔走したりした母だった。

 世の中の苦しんでいる人たちのために、少しでも役立つ仕事をすることが、母への何よりの供養になるはずだ。今年も、コロナに負けず、でたらめな政治を終わらせ、政権交代を実現するために、微力を尽くしていこうと思う。